
スマーター・リテイリング・フォーラム 2025〜 AI と共創する新時代の流通イノベーションとは〜【セミナーレポート】

例年日本マイクロソフト主幹で開催されている「スマーター・リテイリング・フォーラム」は、流通業におけるユーザー企業と IT ベンダー企業の協業による IT 技術の標準化推進を活動目的として、2004 年に設立されたオープン フォーラムです。(スマーター・リテイリング・フォーラムについて )2024 年 11 月末時点で国内約 500 社の企業が参加する大規模なフォーラムであり、POS システムのインターフェースを定義する OPOS 仕様、データやアプリケーションのインターフェースの標準化など、さまざまな仕様の検討を行っています。

2025 年 3 月 6 日(木)に開催された「スマーター・リテイリング・フォーラム 2025」(以下 SRF)では、「AI と共創する新時代の流通イノベーションとは」という副題のとおり、AI 時代の流通業における現在の取り組みや今後の方向性について、著名業界講師の講演および最新取り組み事例を通じた考察が展開されました。
また、SRF が推進する流通業 IT 標準化活動の最新動向と、新設された次世代リテール研究会による「AI 時代のリテールにおける顧客接点ユースケースと標準化スコープの考察」についての発表も行われるなど、流通業と AI のコラボレーションはすでにかなり進捗しており、さらに加速していくことが予見される内容となりました。
AI 時代の本格的な到来を感じさせた「リテールテック JAPAN 2025」
流通業における AI の重要度の高さは、SRF と同時開催された日本最大級の流通情報システム総合展「リテールテック JAPAN 2025」の出展ブースのラインアップにも色濃く反映されていました。日本マイクロソフトも出展した同展示会には、デジタル サイネージや POS システムなどのハードに加えて、AI による画像解析や需要予測などを組み込んだ流通小売業向けサービスを紹介する企業が目立ち、来場者の足を止めていました。
日本マイクロソフト ブースでは、「Retail Ready」というキャッチ フレーズのもと、「Microsoft Azure AI」「Microsoft Dynamics 365」「Microsoft Copilot Studio」「Microsoft 365 Copilot」を活用した AI ソリューションを展示。ミニ セッションやデモンストレーションを通した具体性の高い AI 活用法に触れた参加者の皆さまに、本格的な AI 時代の到来を肌で感じていただくことができました。

ここからは、流通業界のキーパーソンを招いて行われた SRF 2025 のあらましをご紹介します。興味を持たれた方は、ぜひオンデマンド配信をご覧ください。
オンデマンド配信
「スマーター・リテイリング・フォーラム 2025 〜 AI と共創する新時代の流通イノベーションとは〜」
開会あいさつ
スマーター・リテーリング・フォーラム(OPOS 技術協議会・.NET 流通システム協議会)
代表幹事 兼 事務局
マイクロソフト コーポレーション
藤井 創一

開会の挨拶に立ったのは、スマーター・リテーリング・フォーラム(OPOS 技術協議会・.NET 流通システム協議会)代表幹事 兼 事務局 マイクロソフト コーポレーションの藤井 創一。同フォーラムの成り立ちや概要を紹介し、登壇者への謝辞を述べたあと藤井は、「時代の要請を踏まえて、流通業ビジネス活性化のための IT システムやデータ標準化を推進する私たちの活動を、皆さまにお伝えする。、是非ともお役立ていただきたい。」と本セミナーを主催している協議会からのメッセージを伝えました。
そしてこのあとに続くセッションは「AI」と「流通」のテーマに沿って展開されるとし、「グローバルのトレンドが、また日本の先端企業の皆さま方が、なにを考えてどういった打ち手で臨んでいるのかといったところをお伝えしていきたい」と抱負を述べて、開会を宣言しました。
セッション ①
「NRF リキャップと流通業の最新取り組み事例」
マイクロソフト コーポレーション
ワールドワイド リテール&コンシューマー グッズ日本担当
インダストリー アドバイザー
藤井 創一

生成AIとの融合がもたらす新たな価値
開会挨拶に続けて登壇した藤井は、まずマイクロソフトの新たな流通業向けメッセージである「Retail Ready」について解説を行いました。「“Retail” という言葉には “AI” が含まれており、リテールと AI を組み合わせることがひとつの文脈になっています」と藤井。昨年の「Retail Unlocked(リテールの解放)」から一歩進んで、AI と流通業の融合によって新たな価値を生み出すことが現実となる時代が幕あけしたことを示唆しました

そして藤井は 2023 年に「流通業の今後 2 〜 3 年の行動は、今後 20 年の成功を左右する可能性がある」と指摘されていたことに言及し、2025 年はまさにその重要な成果実現の年であると強調しました。
この流れの背景には「生成 AI に代表される AI の急速な成長がある」と藤井。Walmart も 2023 年に「生成 AI は小売業界に革命をもたらし、お客さまのショッピングをより簡単で楽しいものにし、Walmart の従業員にとってよりよい仕事体験を生み出すと信じています」と発表し、取り組みを加速させていることも示しました。
NRF 2025 に見る、グローバル市場の AI 活用
続いて、2025 年 1 月にニューヨークで開催された世界最大の流通業イベント「NRF 2025」のフィードバックが行われました。藤井は、昨年の NRF 2024 が「生成 AI と流通業が出会った元年」だったのに対して、この 1 年間で米国企業は「徹底的にチャレンジを重ね、事業に実際に影響を与えられる状況になった」とし、「経営主導で AI 戦略を策定し、コア業務現場とともに、具体的な課題を解決するフェーズに入っている」と、グローバルのリテーラーでも 生成 AI がすでに現場に実装され、課題解決に役立てられていることを示しました。

そして藤井は、マイクロソフトが NRF で紹介した事例として、以下の 4 つを紹介しました。
1、CANADIAN TIRE : パーソナル ショッピング アシスタント機能をショッピング アプリに実装し、自然言語での最適なタイヤ選定から付帯サービスまでをシームレスに提供。
2、MacDonald’s China : マイクロソフトと共同で AI ラボを設立し、GitHub Copilot を活用した内製開発で、マニュアル翻訳やゲーミフィケーション アプリによる従業員教育を効率化。
3、SPAR ICS : Azure Synapse によるデータ クラウドと AI を活用した在庫最適化で、在庫精度 90%、欠品率 20% 削減、廃棄ロス 15% 削減を実現。
4、Chanel : Microsoft Fabric を活用してデータのサイロ化問題を解決し、経営者からファッション アドバイザーまで、誰でも AI のアシストによってデータ活用できる環境を構築。
藤井は、NRF でこれらの最新情報を知った日本からの参加者が口にした「AI の取り組みに関して日本は周回遅れどころか別のトラックを走っているようだ」という感想が印象的だったと語ります。そして、日本は他国と比べて生成 AI への着手は最も早かったものの、コア ビジネス領域での活用は、まだまだ多くの可能性があると分析。そのうえで「打ち手はあくまでも現場にある」とした上で、日本企業は、挑戦を容認する文化にコミットし、積極的に試行、改善を進めて行くべきであると強調しました。

AI エージェントは、今後のキートレンドとなり得る
NRF で提示された先行企業の示唆から、今後具体的にどのような打ち手が必要とされるのか、藤井は「顧客との関係」をキーワードに挙げます。そして CANADIAN TIRE や Walmart が開発したパーソナル ショッピング アシスタントを例に取り、顧客体験を向上させ、収益に寄与するために 生成 AI は有用であることは実証されているものの、高まり続ける期待に見合った体験を得られない瞬間に顧客は離れてしまう、と藤井。たとえば レコメンデーションされた商品なのに在庫がないといった瞬間は、取返しのつかない顧客体験の低下や、さらにはブランドの毀損を誘発する可能性さえ秘めているのです。

そのような課題を解決すると期待されている生成 AI のキートレンドとして藤井は、「AI エージェント化」をピックアップして紹介。マイクロソフトのテクノロジー「Copilot」がどのように課題解決に役立つかを、新商品のリリース文章の制作から文章のリーガル チェックに至るプロセスを 専門性の高い各 AI エージェント同士が連携して実行し、商品部門担当者の業務を支援するというデモを通じて解説しました。
さらに「先の例で、パーソナル ショッピング エージェントと在庫管理エージェントが連携することができれば顧客体験の課題を解決できるし、同時に、企業としてより経営に寄与する戦略的な商品やサービス販売両立の実現可能性も見えてくるのではないか」と説明しました。
日本マイクロソフトでは、パートナーとともに、このような Copilot や AI エージェントの提案準備を進めていると藤井。マイクロソフトの AI ガイドラインの存在を示しながら、「生成 AI 時代の流通業向けデジタル基盤を提供し、皆さまの挑戦に伴走していきます」と会場に語りかけて、セッションを終了しました。
セッション ②
「店舗のこれまでとこれから 〜三越伊勢丹の DX の取り組み~」
株式会社 三越伊勢丹 伊勢丹立川店
店長
北川 竜也 氏
日本マイクロソフト株式会社
インダストリーテックストラテジスト
岡田 義史

北川 竜也 氏
三越伊勢丹が挑戦する「まち化」プロジェクト
冒頭で「かなりアナログに近い話をさせていただきます」と語り始めた北川氏は、入社後 10 年以上 E コマースやデジタル領域の責任者を勤めてきました。
しかし 2023 年 4 月に、店舗業務の経験がないまま伊勢丹立川店の店長に就任。今は「百貨店が過去に培ってきた価値をどう次の時代にアップデートするか」を考えながら仕事することが楽しくて仕方がない、と語ります。
まず北川氏は、三越伊勢丹が掲げる大きなテーマとして「まち化」を紹介しました。北川氏は、単純にお店にたくさん来ていただいてたくさん物を買っていただくだけの商売ではなく、街そのものに三越伊勢丹が入っていき、ユーザーとの接点を活用して事業の幅を広げることを目指していると説明します。
そのカギとなるのが「ユーザーの嗜好」です。北川氏は、インターネット時代においては従来の「ペルソナ化された抽象化された人物像」に対する企画ではなく、個人の嗜好をしっかり捉えることが重要だと強調しました。
すなわち、スマートフォンに個人のデータが大量に蓄積されている今、そのデータから個人の嗜好をしっかり捉えることが「まち化」の第一歩なのです。
1000 人に声をかけて、1000 人に買ってもらう
三越伊勢丹は「館業から個客業へ」という大きな戦略転換を進めています。北川氏は「一人ひとりの嗜好をしっかりと把握できると、その嗜好の塊ごとに提案するべきコンテンツが明確になり」、従来の “ファネル型” から “逆ファネル型” のコンバージョン戦略へと転換できると説明しました。
北川氏は具体例として「サロン ドゥ ショコラ」というイベントを挙げて説明していきます。このイベントに来場いただくお客さまは、期間中に数万円のチョコレートを購入して頂ける、純度の高いチョコレート マニアです。
北川氏らは、これまでのようにイベント期間中の売上や集客数だけを追うのではなく、「サロン ドゥ ショコラを楽しんでくださったお客さまに、これまで以上の体験を提供する」という新しい KPI を設けました。年間を通してユーザーの嗜好を満たせれば、一時的な売上ではなく継続的な関係構築と売上向上を目指せるというわけです。
「大切なのは、こういった嗜好の塊をたくさん持つこと。これまでは 1 万人に声をかけて 1000 人に買ってもらうことが目標でしたが、これからは 1000 人に声をかけて 1000 人に買っていただくことが我々の目標になる」と北川氏は語ります。

個客業への転換に向けて、北川氏は「固定観念の変革」の必要性を強調しました。同社の「“ファネル型”から“逆ファネル型”へ」という顧客戦略の転換においても、従来の発想のままだと、お客さまへのアプローチが過剰になってしまうこともあり、次第に飽きられ、嫌われてしまうこともあり得ると北川氏。
また、「優先順位の明確化」について、北川氏は E コマースの責任者時代のエピソードを交えて説明しました。約 120 件の改善要望リストに対して、年間の開発スピードでは 6〜7 個しか実現できないという問題を指摘。「やるべきことをはっきりと絞り込んで、それ以外のことはやらないということを決めないと、現場は混乱に陥る」とマネジメントの大切さを強調しました。

立川店での具体的な取り組み
北川氏は伊勢丹立川店での具体的な取り組みについて、新宿まで 30 分程度という立地条件があるため、「新宿ではなく立川をわざわざ選ぶ理由、使い分けて頂く理由を作らなければならない」と話します。
そして、具体例として地方の人気飲食店を読んで立川店のスペシャル メニューを提供する「サプライズ レストラン」を挙げて、その狙いを「美食家のお客さまを炙り出すこと」と説明します。結果として新たなお客さまとの繋がりを構築でき、そ新たな売上がもたらされるようになったそうです。
「こうした施策を通して、データの使いどころが明確になった」と北川氏。ユーザーの嗜好を炙り出すためのデータ分析の仕方、AI の活用方法などのノウハウが蓄積されているそうです。
そして「私たちにとっての DX とは “CX(コーポレート トランスフォーメーション)”。会社全体を変えていくことであり、私たちにしか提供できない価値をつくること」と、テクノロジーを使うことではなく企業としての価値向上こそが真の目標であることを示して、講演を終了しました。
パネル ディスカッション:
「どうして立川店なのか」の理由を増やすために
セッション後半では、日本マイクロソフト株式会社 インダストリーテック ストラテジストの岡田と北川氏とのパネル ディスカッションが行われました。

歴史のある店舗だからこそ良くも悪くも成功体験に裏打ちされた固定観念が根強く、時代に合わせたやり方にトライすることに腐心したという北川氏。岡田が店長就任からの 2 年間の変化について質問すると、北川氏は「計画の立て方が大きく変わった」と説明します。
従来の「52 週の歳時記」は大切ですが、それに合わせた企画だけでなく、「特定の嗜好を持ちのお客さまに 1 年間楽しんでいただけるような企画」を立てる方向に変わったそうです。
その例として「スコーン パーティー」を挙げ、スコーン パーティーを開催する前日の夜に立川市内のビジネス ホテルが取れなくなったほど、全国からスコーン マニアが集まったと紹介。KPI についても、「入店客数・売り上げ・利益」といった従来の指標だけでなく、「何人のお客さまが結果として我々と繋がっていただいて、我々が期待した行動をしていただけたか」という指標を重視するようになったと説明しました。
岡田氏が「やった方がいいことは積み重なっていくが、やらないことを決めるのは難しい」と課題を挙げると、北川氏は「本当にやるべきことはこれ、というところにまず絞り込んで、勇気を持って残りを捨てること」が重要だと強調。愛着のあるプロジェクトだけに反発もあるものの、「本当にやるべきことをやるためのトライアルに時間を使ってもらうことが大事」と回答しました。
AI 活用についての質問に対して北川氏は、個人的には活用しているものの、業務への活用には十分に踏み切れていないことを明かし、「責任者として AI が提供してくれる以上の価値を出さなければならないというのは、腕の見せどころだけれど、ちょっと怖い」と述べつつ、最新の性能をキャッチ アップしていくことが大切、と私見を述べました。
最後に北川氏はこれからの目標として「“どうしてあの店を使っているのか” という質問に対して、お客さまに “こうだから” と答えていただける理由をどれだけ高精度で定義できるかに取り組んでいきたい」と述べ、セッションを終了しました。
セッション ③
「イオングループにおけるデータの価値化 〜イオングループのデータ戦略とその核となるチーム(データイノベーションセンター)の活動事例〜」
イオン株式会社
チーフデータオフィサー
データイノベーションセンター長
中山 雄大 氏

イオン株式会社 チーフデータオフィサー データイノベーションセンター長の中山 雄大 氏は、シリコンバレーでの研究経験や携帯電話会社、保険会社でのデータ活用経験を持ち、2021 年からイオン株式会社でデータ トランスフォーメーションを推進しています。
中山氏は「コングロマリットであるイオングループの強みは、データをつなぐことによって、お客さまを広く深く知ることができる点にある」と定め、その強みを生かした「コングロマリット プレミアム」の実現を目指しています。その中核を担うのが、中山氏がセンター長を務めるデータ イノベーション センター(DIC)です。
DIC は 2021 年に設立された 30 人弱で構成されるチームで、サイエンティストやエンジニア、エンゲージメント マネージャーらが所属しており、この豊富な人材を基盤とした「アナリティクスの内製化」「ベスト プラクティスの展開」「新しい事業機会の探索」を通して、グループ全体でデータに基づく事業価値創造の実践を目指しています。
DIC はさまざまなバック グラウンドのメンバーが切磋琢磨する環境で、常に最先端の成果や知識を求められると中山氏。DIC のシステム管理に携わる社員が、複雑な最適化問題を生成 AI を使って解決したエピソードを紹介し、データ サイエンスの焦点が予測問題や分類問題から生成 AI へと移行していることを強調。「時代は、“変わる” ではなく “変わっている”」という認識のもとで推進された、生成 AI を活用したプロジェクトの事例紹介に移りました。

データ活用の実践事例
1、自然言語を用いたマーケティング知識抽出ツール
このツールによって、誰もがデータ ウェアハウスに自然言語で問い合わせが可能になります。たとえば「〇〇店の最近 1 週間の弁当の売り上げベスト 10 を教えてください」という質問に対し、従来はエンジニアに依頼して翌日返ってくる情報が、10 秒から長くても 3 分ぐらいで返ってきます。このシステムにより、マーケティング担当者は低コストですばやく知見を得られるようになります。
中山氏によると、現実世界における曖昧性の解消が課題であり、「千葉で一番売れているチョコレートは?」という質問における「千葉」は県か市か、といった曖昧さへの対応を進めています。また中山氏は「自然言語で問い合わせて、それを SQL に変えて、データ ウェアハウスの照会をかける」という現在のアーキテクチャは 非効率であり、機械同士が直接対話する次世代データベース開発の可能性も示唆しています。
2、自然言語での買い物レコメンデーション ツール
「カレーに入れると、意外に美味しい具材を教えてください」といった質問に答えるシステムを開発。「財布に優しい鍋の具材」「村上春樹が好みそうなサンドイッチ」といった、やや複雑なレトリックを使った問いかけにも対応し、リクエストに従って「石破首相風の文体」で商品説明を生成するなど、ユニークな機能を実装しています。
このプロジェクトでは「商品マスター データをきちんと拡充しないと、いい商品がピンポイントに返ってこない」という課題や「コンバージョンにつなげないと、単なる玩具になってしまう」という実用化への課題があるとし、ブラッシュアップの必要を感じているそうです。
3、イオン景気インデックス
全国のイオン店長から毎月集めるアンケートをもとにした、独自の景気指標を作成。中山氏は「毎月同じ質問を同じ人に繰り返すことで得られるデータに価値がある」と語り、特に「なぜそう思うか」といった店長たちの自由記述回答を「宝の山」と称しています。自由記述回答を生成 AI で要約・分析し、ダッシュボード化することで、さまざまな洞察が得られるからです。
中山氏は、このイオン景気インデックスと実際の購買データを掛け合わせることで、商品の売れ行きと景気との相関といった興味深い知見を発見したことを明かし、「活用先を拡大して、新たな価値を作り出したい」と展望を語りました。
4、新規出店支援のための立地予測ツール
中山氏は最後に、任意の地点をマップ上で選択すると売上予測が表示される AI ツールを開発しました。このツールでは特徴量エンジニアリングに注力し、競合店の位置や地形、駅の出入口、実際の経路、線路の障害などを網羅した精緻な分析を実現。スマートフォンで現地に行き、GPS で位置情報を取得して予測を行うこともできる仕様になっています。
こうしてセッションは終了となりました。中山氏が紹介した取り組みを通じて、イオンはデータと AI を活用したビジネス変革を着実に進めていることがよく伝わるセッションとなりました。

セッション ④
「POS とデータ活用を促進する協議会標準化活動 Update」
OPOS 技術協議会 技術部会長
NEC プラットフォームズ株式会社
五十嵐 満博 氏
.NET 流通システム協議会 技術部会長
東芝テック株式会社
尾木 雄貴 氏
本セッションでは、SRF を構成する OPOS 技術協議会および .NET 流通システム協議会からの活動報告が行われました。
AI 時代のリテールを考える次世代リテール研究会

五十嵐 満博 氏
最初に登壇したのは、OPOS 技術協議会 技術部会長 NEC プラットフォームズ株式会社の五十嵐 満博 氏。五十嵐氏はまず、OPOS 技術協議会では POS システムのアプリケーションと周辺デバイス間のインターフェースの標準仕様である「OPOS 仕様」の策定と国内への普及活動を行っている団体であることを紹介。2024 年度の活動として、次世代標準(仮称 UPOSv2)に向けた検討を中心に行ってきたことが報告されました。
また、今後の展望として AI の活用に注目していることを強調。五十嵐氏はAmazon Go に代表される無人店舗、画像認識技術を利用した商品スキャン、顔認証決済などの先行事例を紹介、.NET 流通システム協議会と合同で「次世代リテール研究会」を立ち上げたことが報告されました。
この研究会では AI 時代のリテールにおける顧客接点のユースケースと標準化のスコープの考察を行うことを目的としています。五十嵐氏は具体的なユースケースとして、カート POS における AI 活用や IC タグを利用したレジ待ち時間の短縮、また AI エージェントによるサービス提供の可能性について説明を行いました。
最後に、今後さらに具体的なユースケースの絞り込みや最新テクノロジーを組み合わせた技術検証を進めていく展望が示され、セッションは終了となりました。
急速に普及する電子レシートの可能性

尾木 雄貴 氏
続いて、.NET 流通システム協議会 技術部会長 東芝テック株式会社 尾木 雄貴 氏から同協議会の活動、特に電子レシート分科会についての報告が行われました。
電子レシート普及の背景には紙資源削減の社会的要請があると尾木氏。東芝テック社の電子レシート サービスの普及状況を見ても、ここ数年で爆発的にユーザー数が増えており、急速に成長していることがわかります。
尾木氏は、電子レシートのメリットとして、消費者にとっては紙のレシート管理が不要になりデータ化できること、店舗にとってはコストの削減を挙げました。そして特に注目すべき点として「企業を横断した購買データの活用ができることと、消費者へのチャネルが増えること」を指摘。個人のアカウントに紐づくことになるため、One to One コミュニケーションの窓口になることもメリットとして紹介され、電子レシートはメーカー、リテーラー、消費者にとって三方よしの施策であることが示唆されました。
続いて尾木氏は、電子レシートと AI を組み合わせた活用例として、企業横断データ分析と世界のトレンド ウォッチの可能性を紹介。AI が購買情報と電子レシートのデータをもとに分析して商品をレコメンドしてくれたり、海外の流行をいち早く取り入れたプロモーションが打てたりといった未来像を例示しました。
最後に尾木氏は、.NET 流通システム協議会の 2025 年度の活動予定として、OMG への提案と仕様書の改定を継続し、正式版のリリースを目指すこと、技術者向け説明会の実施を検討していることを述べてセッションを締めくくりました。
セッション ⑤
「E ビジネス成功の新常識 AI 活用が切り拓く未来
〜キーコーヒーと考える、顧客ファン化と成長戦略の最前線〜」
株式会社ecbeing
営業本部 上席執行役員
斉藤 淳 氏
キーコーヒー株式会社
マーケティング本部 市場戦略部 カスタマーリレーションチームリーダー 兼 コーヒー教室室長
前田 智紗 氏

最後のセッションでは、株式会社ecbeing 営業本部 上席執行役員の斉藤 淳氏と、キーコーヒー株式会社 マーケティング本部 市場戦略部 カスタマーリレーションチームリーダー 兼 コーヒー教室室長の前田 智紗氏によるパネル ディスカッションが行われ、EC の最新動向とキーコーヒーの先進的な取り組みが紹介されました。
斉藤氏によると、EC の変遷のなかで現在は AI やオムニ チャネルの統合、そして CDP や CRM を活用して、年間 LTV(顧客生涯価値)やアクティブな顧客数を増やすことが重視される時代に入っており、パーソナライズ化されたクオリティの高い発信や販促が重要視されていると説明します。
ここでキーコーヒー株式会社 マーケティング本部 市場戦略部 カスタマーリレーションチームリーダー 兼 コーヒー教室室長の前田 智紗氏が登壇。同社が 2022 年に実施した EC サイトのリニューアルについてのトーク セッションが展開されました。

斉藤 淳氏
EC サイト リニューアルに伴うファン化促進の仕掛けづくり
前田氏によると、EC サイトリニューアルは、EC 単体の取り組みではなく、顧客接点の全体像を見直し、顧客データをひとつの場所にまとめて活用できる体制をつくるという構想のもとで行われたとのこと。キーコーヒーの顧客接点は、EC サイト、キャンペーン サイト、コーヒー セミナー、直営売り場など多岐にわたりますが、EC サイトのリニューアル以前はそれぞれの顧客データは分断されていたそうです。
顧客データの統合と並行して、コンテンツの充実化も進められました。注目すべき取り組みとして、ユーザーの SNS 投稿の活用があります。「実際、投稿していただけるものなのでしょうか?」という斉藤氏の質問に、最初は不安だったという前田氏。しかしリリースしてみると、ユーザーの参考になる情報が多数投稿されるようになったそうです。

さらに同社では、LINE を活用した会員基盤の統合も実施しました。従来売り場では紙のスタンプ カードを使用していたため、顧客データを把握できていませんでしたが、LINE を会員証とすることで顧客データの収集が可能になり、ポイント付与やクーポン発行などのサービスが実現しました。
さらにセグメントごとに LINE メッセージを配信することで、メルマガと比べて開封率もクリック率も向上したそうです。斉藤氏は「LINE はオンラインとオフラインをつなぐハブとしての役割も果たしているイメージですね」と感想を述べます。前田氏は「LINE からシングル サインオンで EC サイトを利用できるため、サービスの併用率が高まり、キーコーヒーという会社のファンになっていただけている実感があります」と笑顔で語りました。

「ファン化」をキーワードとしたときに、特徴的な取り組みとしてコーヒー セミナーと EC の連携が挙げられます。ユーザー向けにコーヒーの楽しみ方を伝える対面型セミナーは、従来は独立したシステムで運営されていました。しかし EC サイトの会員基盤と統合することで、普段はセミナーだけを利用していたユーザーもオンライン ショップの存在を知り、セミナーで使ったコーヒーや器具を購入するなど波及効果が生まれたといいます。
また、コーヒー セミナー来場者への接客にも変化が生まれたそうです。「以前は講師が記憶でお客さまを判別していましたが、顧客データが取れる今は、参加者のプロフィールを接客に生かせるようになりました」と前田氏。EC サイト内にセミナー講師による投稿コンテンツを掲載することで、セミナーの雰囲気や内容が伝わり、予約促進や EC サイトの回遊性向上にもつながっています。
ECにおけるAIの現在地とその可能性

さらにキーコーヒーでは、ecbeing と日本マイクロソフトが共同開発した AIチャットボットを導入。これは、ユーザーの質問に対して自社サイト内の参考情報を AI が検索して回答する仕組みです。前田氏はふたつの導入効果があったといいます。
まず、セミナーの開催場所や予約方法などの初歩的な質問がチャットで解決できるため、電話やメールでの問い合わせが約 35% 減少、業務効率が向上しました。さらに、質問や回答を自社サイトの改善にも活用できるようになったとのこと。前田氏らがチャットボットのやり取りを分析したところ、情報が適切に届いていない可能性があることがわかり、これをきっかけにオウンド メディア全体のユーザビリティ見直しに取り組んでいるそうです。

また前田氏は、「オープンな情報を使うと意図しない回答が出てクレームになるリスクがありますが、このツールはあらかじめ指定した範囲内から回答が得られるため、安心して導入できました」と評価しています。
セッションのまとめとして斉藤氏は、いまや AI は業務効率化だけでなく顧客ロイヤリティ向上や売上拡大にも貢献できるステージに入っていると解説。なかでもパーソナライズ化の実現は EC 業界にとって大きなインパクトをもたらしていると、力を込めて語りました。
このセッションを通じて、顧客データ統合と AI 活用の重要性、そしてオンラインとオフラインの顧客体験を融合させることで生まれる相乗効果が明確に示されました。キーコーヒーの事例は、これからの E ビジネス成功の道筋を示す貴重な参考事例といえるでしょう。
こうして、SRF 2025 は大盛況のうちに幕を下ろしました。全編を通じて感じられたのは、もはや流通業界において AI は身近なインフラとして利用可能なツールであり、むしろその活用はまったなしの状況であるということ。来場者は、AI を活用したコミュニケーションがリテールの常識を覆す未来がすぐそこまで来ていることを肌で感じられたのではないでしょうか。
私たち日本マイクロソフトは、この Retail Ready な状況において即時性のある AI ソリューションを提供し、我が国の流通業界の発展を力強く支えてまいります。

各セッションのオンデマンド配信一覧
Session 1
NRF リキャップと流通業の最新取り組み事例
Session 2
店舗のこれまでとこれから 〜三越伊勢丹の DX の取り組み~
Session 4
POS とデータ活用を促進する協議会標準化活動 Update
Session 5
E ビジネス成功の新常識 AI 活用が切り拓く未来
〜キーコーヒーと考える、顧客ファン化と成長戦略の最前線〜