小野育美, Author at マイクロソフト業界別の記事 http://approjects.co.za/?big=ja-jp/industry/blog Thu, 28 Nov 2024 01:08:14 +0000 en-US hourly 1 PHR 座談会第 3 回【丹波篠山の事例から学ぶ】自治体が求めるPHR サービス http://approjects.co.za/?big=ja-jp/industry/blog/health/2024/11/28/phrsyposium_phr-services-03/ Thu, 28 Nov 2024 01:07:55 +0000 個人の生活に紐づく健康・医療・介護等に関するデータであるPHR(パーソナルヘルスレコード)を活用したサービスの価値を考える座談会、 第3回のテーマは「自治体の活動を改善するPHRサービス 」です。PHRサービスが地域に浸透していくために押さえておくべきポイントとは、一体何でしょうか?
今回は、PHRサービス「ヘルスケアパスポート」の導入を進める兵庫県丹波篠山市の取り組みを題材に、医療従事者・行政担当者・PHR支援会社といった異なる立場の参加者が集まり、PHRへの期待や課題感、そして今後の可能性について意見を交わしました。

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(左から)大山訓弘・樺島広子・吉田博人・堂東美穂・片山覚・石見拓・阿部達也(敬称略)

個人の生活に紐づく健康・医療・介護等に関するデータであるPHR(パーソナルヘルスレコード)を活用したサービスの価値を考える座談会、 第3回のテーマは「自治体の活動を改善するPHRサービス」です。PHRサービスが地域に浸透していくために押さえておくべきポイントとは、一体何でしょうか? 今回は、PHRサービス「ヘルスケアパスポート」の導入を進める兵庫県丹波篠山市の取り組みを題材に、医療従事者・行政担当者・PHR支援会社といった異なる立場の参加者が集まり、PHRへの期待や課題感、そして今後の可能性について意見を交わしました。

【座長】

・石見拓  一般社団法人PHR普及推進協議会 代表理事/京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 予防医療学分野 教授

【座談会参加者】

・ 片山覚  丹波篠山市医師会 会長
・堂東美穂 兵庫県丹波篠山市 保健福祉部健康課 課長(保健師)
・阿部達也 一般社団法人PHR普及推進協議会 専務理事/株式会社ヘルステック研究所 代表取締役
・樺島広子 東和薬品株式会社 デジタルヘルス企画推進室 課長
・吉田博人 TIS株式会社 デジタルイノベーション事業本部ヘルスケアサービス事業部エグゼクティブフェロー

【聞き手】

・大山訓弘 一般社団法人PHR普及推進協議会 理事・広報委員長 /日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員ヘルスケア統括本部長


テクノロジーの進化がPHRを後押しする時代へ

石見:片山先生は、以前院長を務めていた兵庫医科大学ささやま医療センター時代に自治体と連携し、「ヘルスケアパスポート」導入の取り組みを始めましたね。先生がPHRに関心を持った背景を教えてください。

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片山覚  丹波篠山市医師会 会長

片山:私が20年以上前からPHRに注目してきた理由は大きく2つです。

1つ目は、「健康情報は果たして誰のものなのか」という本質的な問いです。医療情報は医療現場で発生しているので、そのまま医療機関が管理責任を負うと思われがちですが、そのデータを共有し、他者と活用していくことにハードルがありました。一方で、PHRは「個人の健康情報は個人が持つべき」という考え方なので、うまく仕組み化して展開できれば、個人情報保護に関する困りごとを解決する一手になると考えられます。

2つ目は、日本における保険制度は治療をもとにした考え方なので、通常は発病後に効果を発揮します。しかし、私は1人ひとりが予防に対する意識を向上させ、その体制を専門家がサポートする関係性がもっと必要だと考えています。

2010 年頃、世界的IT企業数社がPHRの仕組みづくりに取り組みましたが、残念ながら大きくは前進しませんでした。しきり直して再スタートしている今こそ、大きなムーブメントが来るのではないかと期待しています。

石見:なぜ今、手応えを感じているのでしょうか?

片山:テクノロジーの進化により、スマートフォンやウェアラブルデバイスといったハードウェアの普及が影響していると考えます。健康状態を管理できるアプリなどを通じて、健康情報が1つにつながる仕組みが整い、健康情報を入力する手間が減ったことで、格段に個人が管理しやすくなりました。むしろデジタルの波に遅れているのは、医療機関の方ですね。電子カルテの普及率の低さを見ても課題感を否めません。


PHR浸透には行政側のリテラシー向上が必要不可欠
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堂東美穂 兵庫県丹波篠山市 保健福祉部健康課 課長

堂東:保健師視点では、自治体の保健事業DXが一番遅れているように思います。たとえば、保健指導した際の患者情報はいまだに全て紙に記入しています。行政が一番浦島太郎状態なんです。丹波篠山市では、過去に某カルテアプリや母子手帳アプリの導入を試みましたが、住民の関心も低く、指導の立場である保健師自身がデジタル活用のイメージが持てずに困り果てるという結果となりました。あのときほど自分たちが納得していないものを、市民の皆さんに勧めることは絶対にしてはいけないと思ったことはありません。やはり、地域住民に浸透させていくには、まず自分たちが本気で勉強してリテラシーをあげないと意味がないと痛感しました。

丹波篠山市は年間出生数200人ほどの地域なので、これまで対面コミュニケーションを大切にしてきた背景があります。しかし、国が令和8年から母子手帳の電子化を進めているように、私たちも社会の変化に対応しつつ、丹波篠山らしい保健事業DXに向き合っていきたいと思っています。

片山:そのために悩ましいのが「資金」ですよね。つまり、誰がお金を出すのか。国なのか、企業なのか、個人なのか。その現状が見えづらい気がしますね。

堂東:自治体予算は市民の税金から出ているので、やはり市民にとって本当に価値のあるものなのか、という点がディスカッションポイントになります。市のDX化計画の柱にはPHRの浸透も入っているので、社会の恩恵を少しでも多くの市民に返せるように取り組んでいきたいです。


アカデミックな研究とサービス開発の両輪で、PHRを社会実装させる大学発ベンチャー

石見:阿部さんはいかがでしょうか?

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阿部達也 一般社団法人PHR普及推進協議会 専務理事/株式会社ヘルステック研究所 代表取締役

阿部:ヘルステック研究所は京都大学とPHRの共同研究に取り組み、社会実装していくための大学発ベンチャーです。弊社が最初に扱ったPHRデータは、大学生の健康診断結果でした。これまで健康診断は各大学が独自で行っていたため、データを一律ではなかったのです。そこで、保健管理施設協議会と連携し、大学共通のデータ標準化とシステム開発に取り組みました。

主軸である生涯PHRアプリ「健康日記」は、「健康データを自分で管理する」をコンセプトに、健康診断結果、ワクチン接種歴、お薬手帳情報、毎日の歩数など個人に関するデータを一元管理できるようになっています。自分の健康情報は他者にシェアすることもできるので、病院で受診するときにとても有効です。現在 18 万ダウンロードされ、毎日 1 万人以上の方が利用してくださっています。

最近はヘルスケアパスポートと連携し、健康診断結果を郵送ではなくアプリで受け取ることができるようになりました。これによって過去から現在までの診断結果をグラフ化するなど、一目で比較・管理できます。利用料は検診機関からいただくので、ユーザーは無償のまま、より便利に「健康データを自分で管理する」ことができます。


持続可能なビジネス拡大を目指すPHR事業会社のアプローチ
吉田博人 TIS株式会社 デジタルイノベーション事業本部ヘルスケアサービス事業部エグゼクティブフェロー

吉田:TISは5年ほど前からPHRに注目し、ヘルスケアパスポートの開発運用を行ってきました。丹波篠山市は、医療機関単体ではなく自治体を巻き込んだ全国初のケースです。

地域にとってより使いやすくするためには、アプリの機能追加が必要になってきます。原資があればスピード感を持って仕上げることが出来るので、資金問題はサービス拡大する上で非常に重要なポイントだと感じています。現在はPHRサービスの情報共有・利活用を推進すべく、積極的にさまざまな企業と連携していき、ビジネスをサステナブルなものにしていきたいです。

石見:TISさんはエンタープライズ向け PHR サービスとして、早くから参入をされていますよね。ここ数年間の変化をどのように見ていますか?

吉田:始めた頃はまだ医療機関側の理解も薄い印象でしたが、コロナを経て、個人が健康管理していく意識や行政の動きにも変化が出てきたように思います。他にも今回の座談会を主催しているPHR普及推進協議会ような団体が出来るなど、PHRを活用して「社会貢献+ビジネス」を考える風潮に変わってきました。


3つのテーマで PHR の価値を検証し、丹波篠山らしい DX のあり方を模索
樺島広子 東和薬品株式会社 デジタルヘルス企画推進室 課長

樺島:東和薬品はTISさんとアライアンスを提携し、現在丹波篠山市でヘルスケアパスポートを活用した PHRの価値創出に伴走しています。具体的には主に3つのテーマで取り組んでいます。

1つ目は、「母子健康管理」。

マイナポータルと連携し、妊婦健診から生誕後の健康情報まで記録されたデータを家族や医療機関に共有する仕組みです。まずはお母さんが管理しやすい環境を作ることで、ベストなユースケースを探っています。

2つ目は、「生活習慣病管理」です。

ヘルスケアパスポートに血圧手帳機能や心不全手帳機能、副作用状況記録などの項目を実装し、日々のバイタルの記録を取りやすくしました。市民が実際に使ってみて重要性を感じてもらう啓蒙活動が重要だと感じています。

最後は、介護が必要な方に発行される『篠山つながり手帳』のDX化です。現在は紙冊子で運用しているため、患者さんが手帳を持参し忘れるリスクがあります。将来的にはヘルスケアパスポートで一括管理することで、医療と介護の連携がスムーズになり、必要なサポートをスムーズに提供できるようにしていきたいですね。

堂東:市としても注力すべき3大柱が定まったことで、良い流れが来ています。その中でも『篠山つながり手帳』の電子化は、目的と効果を市民に示しやすく、また現場からの要望が一番高いので早急に進めています。行政としては、誰しもが理解し使え、人手不足の中でも業務を効率化できるものは価値を見出しやすく、予算獲得につながりやすいです。地域浸透までの道のりは簡単ではありませんが、未来に向けて何に先行投資していくべきかをきちんと見極めながら、着実に進んでいきたいです。

樺島:東和薬品も地域の方々が納得しながら一歩一歩進んでいけるような運用・導入方法を模索し、ケースバイケースでしっかり伴走していけたらと思っております。

石見:地域・行政を支援するPHRサービスを提供する事業者として現在抱えているビジネス上の課題はどんな点でしょうか?

樺島:ヘルスケアパスポートのシステムを基盤にして地域課題を解決する仕組みをつくり、全国に普及させていきたいと思っています。現在いくつかの地域でサポートを進めていますが、導入のハードルはなかなか高いのが現実です。なので、かかりつけ医機能としての活用を視野に医療機関にとっても使いやすいサービスにするなど、さまざまなアプローチを検討している最中です。地域に関わるステークホルダー全員(市民・自治体・医療機関など)に価値を感じてもらい、地域で長く使い続けていけるモデルを探していきたいですね。

吉田:一方で、持続可能にするために誰が支援すべきかという問題もあります。サービス提供元の弊社なのか、東和薬品さんのような連携支援企業なのか、自治体なのか。現在はユースケースを作っていくフェーズなので弊社も東和薬品さんも伴走していますが、長期目線での資金元やスキーム構築は避けることができません。


医療機関の温度差、標準化の必要性、費用負担。尽きない課題といかに向き合うか

石見:実際の運用について、ユーザー(医療機関など)の反応はどうでしょうか?

片山:現場によって非常に温度差があり、一律でシステムを入れるのはかなり困難だと考えます。ガラケーからスマホに乗り換えるのと同じで、最新をいち早く取り入れたい人、周りが使い始めたら腰を上げる人、普及が進んでガラケーだと不便になってきたから乗り換える人など、価値観はさまざまだからです。コロナを経て、遠隔での情報共有が必要だという認識は上がっているので、全事業所一律で導入を強制するよりも、まずは多くの病院で使いやすい最低限の標準化をプラットフォーム上で進め、それ以外は他アプリと連携して広げていく考え方を TIS さんに提案しています。

個々の温度差は否めないので、事業所ごとに課金いただくシステムは難しいかもしれません。そこで、TISさんから提案いただいたのが「地域人口あたりの課金」でした。地域に見合うメリットをつくれれば税金から資金を賄える座組なので、この話を聞いた時、今度こそ地域にPHRサービスが浸透していくのではないかと可能性を感じました。

石見:地域に見合うメリットとは、たとえば具体的にどんな効果が見込めるのでしょう?

片山:丹波篠山市のヘルスケアパスポートでは、メッセージ機能を追加しました。これによって、医師と患者のみならず、医師と各医療機関同士でもコミュニケーションを取れるようになりました。実際に認知症の患者を取り巻く医師と薬剤師と介護士が情報交換を行なったことで、サポートが明確になり、薬の飲み忘れ防止につながったという喜びの声も届いています。これまでは患者またはかかりつけ医止まりになっていた情報を関係者に共有できた結果、地域の横のつながりを生み出す結果となりました。


PHRは短期的なメリットが見えにくい。だからこそ地域には先導するリーダーが必要
石見拓  一般社団法人PHR普及推進協議会 代表理事/京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 予防医療学分野 教授

石見:本当に丹波篠山市は良いロールモデルですよね。大きな自治体だとステークホルダーが多く、縦割りになってしまい、意思決定までに時間がかかる。かといって小さすぎると顔が見える関係がすでにあるので PHR データのやりとりにメリットを感じづらい。おそらく適当なサイズ感というのがあるように思えますね。

吉田:丹波篠山市の場合、地域の基幹病院が1つというのもポイントですね。

阿部:新しい取り組みを進める上で、地域にある医師会や歯科医師会、薬剤師会の三師会などが同じ方向にまとまっていくことは大事な要素です。その時に、片山先生のように意思を持ってリーダーシップを取る方がいる丹波篠山市は、非常に良い結果につながるのではないかと期待しています。

石見:日本人は標準化が苦手なんですよね。なので、医療機関の意見を集約化して、リーダーシップをとってくれる人材が必要です。落としどころを見つけてコンセンサスをとっていかないとなかなか前進しませんから。そこがうまく機能すると、一気に横展開しやすくなると思います。


PHR の普及率をあげるキーワードは「他者との共有」

石見:私はライフワークで10年以上、AEDの普及啓発に関わってきました。PHRよりも必要性が明確で、今やあらゆる場所で当たり前に見かけるAED設置ですら、最初のうちは自治体も企業もお金を出すことに抵抗があり、なかなか広がらなかったんです。

人によって価値を感じるところはさまざまです。世代や環境によっても変わってくるかもしれません。そういうものだと認識しつつ、トータルの戦略やコーディネートが必要なのではないでしょうか。

その点、丹波篠山市は、母子の健康管理支援、生活習慣病の改善支援、医療と介護の連携支援3つのテーマを掲げ、優先順位を持って進めている戦略が素晴らしいですね。デジタルリテラシーが高い方が多い子育て世代へのPHRサービス提供や、生活習慣病におけるライフログ情報の医療との共有、医療と介護との連携は、短期的にもPHRの価値を感じてもらいやすいので、一人ひとりの積み重ねを経て、地域において様々な連携を実現するPHRサービスが必要だと思う人を増やしていくことに繋がると思います。

片山:スマートウォッチを持っている人は、価値にすぐに気付きそうですね。予想以上のスピードで普及しているので、実は意外と地域社会側の準備は整ってきているのかもしれません。

石見:そうですね。更にもう一歩、データを他人とシェアすることの価値まで理解が及ぶと良いですね。たとえば、時計代わりにスマートウォッチを身につけるだけでも、医師や家族は毎日健康データを取得できるので、適切なアドバイスやサポートをすることができますよね。誰かとつながると価値が生まれることの具体例を示せると今後大きく変わっていきそうです。

吉田:スマホやスマートウォッチに慣れていないおじいちゃん・おばあちゃん世代も、小学生の孫から「おじいちゃんが元気で過ごしているか毎日アプリで見てるからね!」なんて言われたら、きっと真面目にやるんですよね(笑)。

石見:そうでしょうね。孫とのコミュニケーションのために、ガラケーをスマホに変えてLINEを覚えたりしますからね。様々な人とのPHRの連携に価値を感じてもらえたら、ふるさと納税でこの基盤を応援してもらうのもいいかもしれません。

吉田:確かに、PHR活用はふるさと納税の正しい使い方になりうるかもしれないですね。

石見:台湾では、PHRの普及、アクティブ率を高めるために、「家族とPHRを共有できる仕組み」を導入しています。このように、日本でも PHR を誰と共有すると多くの人が価値を感じてくれるのか、戦略を考えながら、PHRサービスを地域に実装することが普及のために必要だと思います。

片山:健康に関する関心は社会全体で上がってきているので、「家族」は一つ良い切り口になりそうです。

石見:みんなにとって価値を感じてもらう方法を今後も模索していきたいですね。本日はありがとうございました。

文:吉田めぐみ

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【PHR 普及推進協議会】PHR 座談会第 2 回「女性の生活に寄り添う PHR サービス」 http://approjects.co.za/?big=ja-jp/industry/blog/health/2024/07/16/phrsyposium_phr-services-02/ Tue, 16 Jul 2024 03:10:53 +0000 個人の生活に紐づく健康・医療・介護等に関するデータであるPHR(パーソナルヘルスレコード) 第2回の座談会のテーマは、「女性の生活に寄り添うPHRサービス」。女性の健康課題をテクノロジーで解決するフェムテックサービスを展開する株式会社エムティーアイとシミックホールディングス株式会社の社員4人が参加し、女性のPHR活用に向けた課題や展望について語り合いました。日本マイクロソフト株式会社業務執行役員兼パブリックセンター事業本部ヘルスケア統括本部長 大山訓弘も聞き役として座談会に参加しました。

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座談会集合写真
(左から)關まり子・那須理紗・帆足和広 ・藤岡由希・難波美智代・ 大山 訓弘(敬称略) 

個人の生活に紐づく健康・医療・介護等に関するデータである PHR(パーソナルヘルスレコード) 第2回の座談会のテーマは、「女性の生活に寄り添う PHR サービス」。女性の健康課題をテクノロジーで解決するフェムテックサービスを展開する株式会社エムティーアイとシミックホールディングス株式会社の社員 4 人が参加し、女性のPHR活用に向けた課題や展望について語り合いました。日本マイクロソフト株式会社業務執行役員兼パブリックセンター事業本部ヘルスケア統括本部長 大山訓弘も聞き役として座談会に参加しました。 

【座談会参加者】 

  • 難波美智代 一般社団法人シンクパール代表理事/ PHR 普及推進協議会理事 
  • 那須理紗  株式会社エムティーアイヘルスケア事業本部ルナルナ事業部事業部長 
  • 帆足和広  株式会社エムティーアイヘルスケア事業本部電子母子手帳サービス兼母子モ株式会社取締役 
  • 藤岡由希  シミックソリューションズ株式会社マーケティング部部長 
  • 關まり子  シミック株式会社臨床事業本部 

【聞き手】 

  • 大山訓弘  一般社団法人PHR普及推進協議会理事・広報委員長 /日本マイクロソフト株式会社業務執行役員兼パブリックセンター事業本部ヘルスケア統括本部長


生理日管理アプリを提供 

難波:まずは皆様の事業内容についてお聞きしたいと思います。 

座談会の様子1
株式会社エムティーアイヘルスケア事業本部ルナルナ 事業部事業部長 那須理紗

那須:株式会社エムティーアイでは、2000 年に従来型携帯電話のガラケーで女性の健康情報サービス「ルナルナ」を生理日管理ツールとしてスタートさせました。現在は、スマートフォン向けに「ルナルナ」を提供しています。生理日管理をはじめとした女性のヘルスケアサービスを事業のテーマに置いていますね。 

弊社が提供しているのは、エンドユーザー向けの「ルナルナ」だけではありません。 17 年には、ルナルナに記録された生理日や基礎体温などを診察時に医師のパソコンやタブレットなどで閲覧できるサービス「ルナルナメディコ」を始めました。「ルナルナメディコ」は全国で累計約 1,000 の施設に導入いただいています。 

このほか、グループ会社では法人向けにオンライン診療とオンライン相談を通じて、働く女性の健康課題改善をサポートするフェムテックサービス「ルナルナオフィス」も提供しています。 

帆足:株式会社エムティーアイのグループ会社である母子モ株式会社では、母子手帳アプリ「母子モ」や、自治体の子育て事業のデジタル化を支援する「子育て DX®︎」を提供しています。母子モは 2015 年から提供しており、600 を超える自治体にご活用いただいています。 

子育て DX®︎ は、予防接種や乳幼児健診など、妊娠~出産~子育て期に発生する業務のデジタル化を支援する事業です。紙運営による手間が発生しやすい住民や自治体職員の負担削減につながっており、全国約 170 の自治体に使っていただいています。 


健康通帳アプリをリリースする予定 

藤岡:シミックソリューションズ株式会社では、パーソナルデータを同意のもと、統合・蓄積・提供できる健康通帳アプリ「 my melmo (マイメルモ)」をストア申請中で、 2024 年 4 月頃にリリースされる予定です。 

my melmo は、自治体や企業が複数のアプリをつなぎ合わせ、課題解決につながるデータをカスタマイズできる仕組みです。例えば、自治体の保健師さんが住民の方に適切なタイミングで適切なフォローができるよう、弊社のグループ会社の持つ電子上のお薬手帳やワクチン接種記録といったデータを組み合わせられます。 

my melmo が大切にしているのは、「本人によるデータの所有」です。アプリのデータは通常、事業者側が所有権を持っているケースが多いのですが、my melmo はデータ提供者本人が所有権を持っており、アプリ提供者のシミックも勝手にデータを解析できません。弊社は、データ提供者が第三者にデータを共有することで、何らかのインセンティブを享受できる仕組み作りを目指しています。 

關:シミックグループでは、my melmo を情報基盤とした社内の女性社員が仕事やライフプランのバランスを保ちながら働き続けられるプロジェクトを進めています。本日、プロジェクトの詳細についてお話できれば幸いです。 


ヘルスケアニーズの変化と現状は? 

難波:ありがとうございます。続いて、提供するサービスから見える女性のヘルスケアニーズの変化と現状についてお伺いしたいと思います。エムティーアイさんはいかがでしょうか。 

那須:生理日管理を筆頭に女性のヘルスケアについては以前、クローズドで、口に出してはいけない雰囲気がありました。そのせいか、ルナルナをキャリア携帯のサービスプラットフォームで提供を始める時もなかなか承認が下りませんでしたね。 

しかし、ここ 20 年で女性の社会進出も進み、女性がパフォーマンスを発揮するためにヘルスケアの問題をどう解決するかといった人々の関心が高まってきました。また、生理日に関連したPMSなどのカラダの変化を女性自身が管理・把握したいといった新しいニーズも出てきたと思います。 

とはいえ、義務教育においても生理日前後のホルモンバランスの変化といった女性の体に関する知識について知る機会がないのが実情です。それを踏まえ、今後は、 PHR 管理の前提となる女性の体の知識について啓発しながら PHR サービスを展開していくことが求められると思います。 

帆足:女性のヘルスケアニーズという観点では、 2015 年に母子モを始めた当初、自治体側の反応は芳しくありませんでした。クラウドサービスのセキュリティに関する理解が浸透していなかったこともあり、個人情報取り扱いへの抵抗が自治体側にあったためです。 

今では、子育て世帯への支援を巡るニーズの高まりを受けて、自治体の中でも「適切なデジタルデータがないと適切な支援が届けられない」といった意識を持つ人が増え始めています。こうした自治体側の意識の変化は、コロナ禍以降に顕著ですね。 

ただ、現場の保健師さんは必ずしもデジタルツールの活用になじ みがある人が多いわけではありません 。そのため、ヘルスケアニーズの高まりとは裏腹に、うま く支援が届けられていない現状があります。そうした現状の打開策として、 PHR の活用という副次的なニーズが出てきているのではないでしょうか。 


行政手続きは紙ばかり 

難波:自治体もコロナ禍で新型コロナウイルスワクチン接種証明書のデジタル化を通じて、デジタル化が便利だなと実感できたと思いますね。シミックさんはいかがでしょうか。 

座談会の様子2
シミックソリューションズ株式会社 マーケティング部部長 藤岡由希 

藤岡:ユーザー側のニーズについては、子育てに従事する母親として、自治体サービスを利用する1人のユーザーという視点で語らせていただきたいと思います。 

私が行政とのやり取りで感じたのは、行政手続きの煩雑さです。行政手続きは紙ベースなので、1つの申請につき、書類を5枚ぐらい書く必要があるんですね。これは、個人の目線でもかなり負担だと感じました。 

その点、 PHR を活用したデジタル化は、今のスマホ世代の母親から見てもニーズが高まっているんじゃないかと思います。 

当然、国や自治体も、そうしたニーズを見過ごしているわけではありません。弊社がシステム全体のコンサエルティングを手がける北海道留寿都村、蘭越村のように、母子保健業務のデジタル化に取り組む自治体も出始めています。しかし、事業で取得した母子保健情報を医療現場でどう使うかという見通しは、まだまだ立てられていないように感じます。 

データをどう医療現場に活用するかというルート作りもしなければ、 PHR サービスの全国展開に時間がかかると思いますので、われわれとしては、複数のステークホルダーの意見を巻き取りながら、事業を進めていきたいと考えています。 

難波:子育ての母親にヘルスケアのニーズが発生する理由について、詳しくお聞かせいただけますでしょうか。 

藤岡:実体験に基づくと、保育園では、紙に子育ての情報を記入する機会が多いためです。実際、子供が病院を受診する度に病名と薬の情報を保育園指定の紙に記入するほか、予防接種の記録を書き写した母子手帳を保育園に提出します。 

会社で働いている女性にとって、手書きでの転記は、非常に煩わしいですね。お母さんの意志で第三者にお子さんの情報をリアルタイムに共有できる環境があれば、子育ての負担が減ると思います。


更年期症状の相談先がない 

難波:關さんは社内の女性を対象にしたプロジェクトを進められているとのことですが、その詳細についてお話いただけますでしょうか。 

關:プロジェクトは、更年期症状を抱える女性をトラッキング(追跡)するアプリの開発企業のご協力を得ながら、トライアルで進めています。トライアルのプロジェクトは、my melmo を使ってご自身の健康状態を入力する内容で、アンケート調査も実施しています。 

アンケート調査から見えてきたのは、更年期症状をお持ちの方の相談先がわからないという課題です。弊社はヘルスケア企業なので、一般的な企業と比べて「相談先がある」と回答される割合が高かったものの、結果全体を見ると、どこに相談して良いかわからないという方が多くいらっしゃいました。 

プログラムを通じて、育児休業制度をはじめとする福利厚生が社内に浸透しきっていないという課題も判明しました。そうした課題を踏まえると、出産・子育てに関する福利厚生へのニーズをくみ取るために、現場と人事部との連携も必要だと感じています。 


PHR サービスの好事例はどう作る? 

難波:女性の PHR の有効活用に向けては、まず社内での施策展開が好事例になっていくと思いますね。その点、フェムテックサービスを展開する皆様にご意見を頂戴できればと思います。 

座談会の様子3
シミック株式会社臨床事業本部 關まり子 

關:弊社では、生理痛の症状といった PHR を人事部や医療機関に直接提供できる仕組みを作りたいと考えています。 

機密性の高い PHR を第三者に共有できれば、現場の上長に逐一相談する必要がありません。生理休暇も取りやすくなるでしょう。 

現状では、社内の生理休暇の取得率は、ほぼゼロの状態です。取得状況が良くないのは、生理休暇を取得する際に、生理痛の症状や生理痛が始まった時期などの情報を上長に伝えないといけないためですね。 

性別に問わず、グローズドな環境で生理痛の症状を上長に伝えるのは、容易ではありません。PHR を活用すれば、そうした問題は解決しやすくなるのではないでしょうか。 


データを収集するうえでの工夫とは? 

難波:健康管理を組織の問題にするうえでは、データの可視化が必要です。その点、 PHR の貢献度は大きいと思います。 

とはいえ、データを収集する中でさまざまなご苦労があったかと思います。データを収集する、集約するうえでの工夫をお聞かせいただけますでしょうか。 

那須:BtoC サービスのルナルナでは、ユーザーに情報を入力するメリットをご理解いただくのが重要だと思います。例えば、過去の記録をもとに生理日や排卵日が予測できるのは、情報入力によるメリットだといえます。 

しかし、生理日や排卵日の予測精度は、長期間記録していただくことで上がります。そのため、ルナルナに継続して情報を入力していただくために、サービス内でのコニュニケーションを通じてユーザーに入力いただくモチベーションをいかに持っていただくかも重要だと考えています。 

難波:長くサービスを活用していただくために、UXをどのように工夫していらっしゃるんでしょうか。 

那須:例えば、生理日の記録では、入力までの動線を工夫して設計していて、生理予定日が近くなると、 TOP 画面のタップしやすいボタンを設置してあげるといった施策がありますね。 

ルナルナはミッションとして女性に寄り添うことをかかげているので、サービス上でも「寄り添い」を感じられるUXを重要視しています。具体的には、生理日を入力後に「今回の生理で変わった部分はないですか」と人の温もりが感じられる問いかけを行っています。 


難しい出口戦略作り 

難波:ユーザーとのコミュニケーションを作るうえでの課題や、データ取得に関する課題はありますか。 

座談会の様子4
株式会社エムティーアイヘルスケア事業本部電子母子手帳サービス兼 母子モ株式会社取締役 帆足和広 

那須:データを取得した後の出口戦略を作るかは非常に 難しいと思っています。 

ユーザーが「データ入力で自分の生活が豊かになる」と期待して情報を入力しても、ベンダーが集めたデータを使って新たなビジネスを構築するのは容易ではありません。 

例えば、生理日管理のデータ量は膨大ですが、データ単体での事業化は難しい部分があります。お預かりしたデータをユーザーの許諾を得たうえでビジネスや社会貢献につなげていくという出口戦略づくりが一番の課題ではないかと思います。 

難波:PHR 普及推進協議会では、出口を明確に描いたうえでの入口の設計を大切しています。しかし、女性のヘルスケアデータは長期的な収集を必要とするので、アウトカム(成果)の設計が難しいと感じますね。 

那須:不確定要素が多いだけに、1 回で当てようとせずに、絶えず仮説を立てて検証するといったチャレンジが必要ではないかと思います。 

難波:子育て・出産の分野は入口と出口の設計がしやすいかなと思うのですが、帆足さんはその辺りいかがでしょうか。 

帆足:おっしゃる通りです。われわれが今、子育て DX®︎ で協力している福岡県北九州市では、妊娠届の DX 化に 23 年度から取り組んでいます。運用開始 1 年後に利用状況を調べたところ、調査に協力した 93.8 %の人が、デジタル化した妊娠届を利用していました。 

利用が進んだのは、「紙よりもデジタルの方が楽ですよ」とお伝えできているのが大きいと思いますね。 

地方自治体の取り組みはサービスを導入すれば便利になると思いがちです。しかし、実際は、体験するまでのハードルを低く設計したり、ベネフィットをしっかり伝えたりしないと、サービスが使われないという状態になると思います。 


ポイント付与でモチベーションを維持 

難波:自治体がデジタルサービスを提供するうえでは、市民にとってのメリットを示すのが重要だと思いますね。データ取得のモチベーション維持という意味では、シミックさんはいかがでしょうか。 

藤岡:弊社が協力する岐阜県養老町の健康管理アプリ事業では、データの共有時や活動量の目標達成時に地域通貨と交換できるポイントを付与することでモチベーションを提供しています。 

ユーザーのモチベーション維持を目的とした施策はポイント付与だけではありません。高精度の測定器を集めた測定会を月に 1 度開催しており、ユーザーが体組成や活動量の管理をデジタルだけで終わらせないようにしています。「デジタルで健康管理をしてください」と依頼して終わるのではなく、定期的に測定会を開催することで、データ収集のモチベーションが保たれるのではないでしょうか。 

難波:健康管理アプリ事業のステップアップを検討される中での課題はありますか。 

藤岡:健康管理アプリ事業は、自治体に応じた設計をする必要があるのが課題といえます。実際、クライアントの中には、高齢者のフレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)や認知症に焦点を当てる自治体もあれば、母子健康を課題に位置付ける自治体もあります。 

自治体ごとに収集対象とするデータが違うので、医療機関や研究者と話し合いながら適切な指標を設定するのが重要です。 


PHR普及推進協議会に期待することとは? 
座談会の様子5
一般社団法人シンクパール代表理事/ PHR 普及推進協議会理事 難波美智代 

難波:最後に PHR 普及推進協議会に期待することを一言いただければと思います。 

那須: PHR 普及推進協議会の皆様には、PHR サービスの理想像を構築していただければと思います。 

現状では、PHR サービスのあるべき理想像が業界ごとに異なるのが実情です。そのため、明確な理想像を作っていただき、各社が事業化しやすい環境を構築していただけますと幸いです。 

帆足:PHR 普及推進協議会の皆様に期待するのは、PHRの普及をどうすれば早められるのかという点での議論の推進です。その観点で議論して施策に反映しなければ、PHR の利用が広がっていかないと思いますね。 

藤岡:弊社は、国や自治体で流通するPHRのデータベースの標準化に向けた協議を、PHR普及推進協議会と協力しながら進めていきたいと思います。協議会と一緒に進めたいのはデータベースの標準化だけではありません。PHR サービス事業者、協議会などと連携しながら、必要な PHR を事業者側から提供できる仕組みの整備も推進できればと考えております。 

關:弊社は、自社で提供しているPHRをほかのベンダーと共有できるプラットフォームの構築を目指しています。弊社としては、PHR 普及推進協議会にプラットフォームの構築を促していただければ幸いです。 

文:Omura Wataru 

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【PHR普及推進協議会】PHR座談会第1回「患者と医療者をつなぎ支えるPHRサービス」 http://approjects.co.za/?big=ja-jp/industry/blog/health/2024/04/03/phrsyposium_phr-services/ Wed, 03 Apr 2024 11:11:17 +0000 PHR普及推進協議会が「患者と医療者をつなぎ支えるPHRサービス」をテーマにした座談会を開催し、マイクロソフト コーポレーション(米国本社)インダストリーブラックベルト社会保障事業推進室長 石川智之 と日本マイクロソフト株式会社 ヘルスケア統括本部 医療・製薬営業本部アカウントテクノロジーストラテジスト 大嶽和也 が参加しました。 

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PHR普及推進協議会が「患者と医療者をつなぎ支えるPHRサービス」をテーマにした座談会を開催し、マイクロソフト コーポレーション(米国本社)インダストリーブラックベルト社会保障事業推進室長 石川智之 と日本マイクロソフト株式会社 ヘルスケア統括本部 医療・製薬営業本部アカウントテクノロジーストラテジスト 大嶽和也 が参加しました。 

(左から)阿部達也・大嶽和也 ・ 古屋博隆 ・安達幸佑・ 石見拓 ・ 田中倫夫 ・ 石川智之 ・ 大山 訓弘(敬称略)

個人の生活に紐づく健康・医療・介護等に関するデータであるPHR(Personal Health Record)は、患者への適切な医療の提供、質の向上だけでなく、現場の負担軽減にもつながることから、医療機関を中心に注目を集めています。PHR普及推進協議会はこのほど、「患者と医療者をつなぎ支えるPHRサービス」をテーマにした座談会を開催。3社の賛助会員企業が参加し、医療機関とPHRサービス事業者の連携や、PHRと医療機関の連携が患者様や現場の方々にもたらすメリットについて語りました。PHRの普及推進につながるヒントが多く出てきた座談会の様子をお伝えします。 

【座談会参加者】 

  • 石見拓  PHR普及推進協議会代表理事/京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻予防医療学分野教授  
  • 田中倫夫 アストラゼネカ株式会社執行役員/メディカル本部長  
  • 安達幸佑 テルモ株式会社 メディカルケアソリューションズ  
         カンパニーライフケアソリューション事業 デジタルヘルスマーケティングリーダー  
  • 古屋博隆 テルモ株式会社 メディカルケアソリューションズカンパニー ホスピタルケアソリューション事業 部長  
  • 石川智之 マイクロソフト コーポレーション(米国本社)インダストリーブラックベルト社会保障事業推進室長  
  • 大嶽和也 日本マイクロソフト株式会社 ヘルスケア統括本部 
         医療・製薬営業本部アカウントテクノロジーストラテジスト  

【聞き手】 

  • 阿部達也 一般社団法人PHR普及推進協議会専務理事/株式会社ヘルステック研究所 代表取締役 
  • 大山訓弘 一般社団法人PHR普及推進協議会理事・広報委員長                                              日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員 パブリックセクター事業本部 ヘルスケア統括本部長                                                         

患者の治療記録を一元管理できるスマートフォンアプリを開発 

石見:まずは皆様の事業内容をご紹介いただければと思います。

アストラゼネカ株式会社執行役員/メディカル本部長 田中倫夫 

田中:アストラゼネカは、大きく分けて3つのPHR関連の開発に取り組んでいます。 

1つ目は、患者さん自身の健康管理を支えられるシステムの開発です。システムは予防と治療の2段階に分けられ、予防では、ビッグデータに基づくAIアルゴリズムにより、患者さんの健康状態を予測し、罹患を防ぐことを目指します。治療では、早期介入することで、重症化を防ぐことを目指した 仕組みとなっています。 

2つ目は、個人健康情報管理プラットフォームサービスを提供するパートナー、例えば株式会社Welbyと連携して開発・提供するスマートフォンアプリです。共同開発するスマートフォンアプリは、患者さんが日々の状態を記録することで自身の治療記録を一元管理し、可視化も図ります。 

3つ目は、薬の副作用を事前検知するシステムです。その一例は、患者さんにウェアラブルデバイスを装着していただき、血中の酸素濃度等から体調をモニタリングします。さらに、モニタリングしたデータを解析し、健康状態が悪化するとアラートを発出することに繋げる仕組みを考えています。 

安達:テルモは、糖尿病をお持ちの方向けサービスとして「メディセーフデータシェア」というクラウド型データマネジメントシステムを提供しています。糖尿病の治療ステージがいくつかある中で、メディセーフデータシェアは、インスリンを投与している方に向けたサービスという位置付けです。 

メディセーフデータシェアは、NFC(近距離無線通信)を搭載した弊社の血糖測定器と連携させることで、簡単に血糖値を記録できます。また、食事や運動などの生活習慣記録や、他のバイタルデータも記録可能です。さらに、患者さん、医療機関の双方のアカウントを連携させることで、医師が診察の中でも活用できるサービスとなっています。 

電子カルテとPHRのデータを統合する重要性 

石見:アストラゼネカのアラートシステムにせよ、テルモのメディセーフデータシェアにせよ、家庭で収集したデータをいかに医療者につなぐかが大事な役割になるのかなと思います。家庭で収集したデータを医療者につなぐという役割について、マイクロソフトはどのようにお考えですか。 

石川:データを総合的に集めていく重要性については昔から言われていますが、医療機関の多くはAI(人工知能)を駆使するためのデータを集めることに苦労しています。データの細分化により、電子カルテとPHRのデータ・情報が分かれてしまっているためです。これらをいかに統合するかが重要ですね。 

さらに、テクノロジーのサイロ化により、医療データの収集や分析、活用といった各領域にいるプロフェッショナルな人材が分断されているという課題があります。このような状況のため、最初のデータ収集で時間がかかり、AIの活用がなかなか進みません。 

あとはユーザーインターフェース(UI)も課題に挙げられます。各データ領域で、UIが違うので、現場のスタッフや患者さんの思考がストップしてしまっています。この現状を踏まえると、今後は、患者さんが自ら操作する時でも自動的にデータが1つのプラットフォームに吸い上げられていくといった世界観の実現が求められています。未来図は見えていますので、各システムで収集したデータを統合し、いかに医療者につなげていくかが鍵になると思います。 

PHRと医療機関の連携によって、患者の治療に対するモチベーションが維持される 

石見:続いて、PHRと医療機関がつながると、患者さんにどういったメリットがあるかについてお伺いできればと思います。 

田中:メリットは短期、長期の両方で切り分けられると思います。短期的には、服薬状況や体温、副作用といった日々の状態を病院側と共有することで、患者さんと担当医とのコミュニケーションが円滑になるのがメリットといえるでしょう。 

長期的には、データの経過的な観察により、疾病の長期的なリスクを特定できるのがメリットです。疾病のリスクは、ピンポイントのデータだけではわかりません。日々の患者さんのデータが手元にあって初めて、変化が現れます。 

テルモ株式会社 メディカルケアソリューションカンパニーライフケアソリューション事業 デジタルヘルスマーケティングリーダー 安達幸佑

安達:PHRと医療機関の連携によるメリットは、患者さんの糖尿病治療に対するモチベーションが維持されることです。 

糖尿病をお持ちの方の中には、就業者を筆頭に、受診間隔が1カ月、長い方で3カ月くらい空いてしまう方が少なくありません。観察できるデータのタイムラグが起きると、そうした方は徐々にモチベーションを低下させてしまいます。 

一方、PHRを活用すると、受診間隔の長短に問わず、患者さんがデータを記録・観察できます。例えば、メディセーフデータシェアには、患者さんがアップロードした写真を介して医師とやり取りできる機能があります。この機能により、患者さん側は優しく見守ってもらっている気持ちになり、治療のモチベーション維持につながります。この点、PHRは、受診間隔が空いてもその間隔を埋めてくれる存在ともいえると思います。 

成功体験を積み重ねることで、ロールモデルを構築できる 

石見:家庭で収集したデータを医療者につないで、患者さんのエンゲージメント向上につなげるというアプローチについては、かなり活用されていますね。 

安達:ただ、医療者側の認識としては、PHRの連携を多用すると、業務負担につながるという懸念があります。このため、PHR連携による成功体験を患者さん、医師の双方で積んでもらうのが、有用ではないかと思います。現在の普及状況から考えると、何人かに対象者を絞って使っていただいた上で成功体験を積んでもらうのがベターです。成功体験を積んでもらった後、PHRと医療機関の連携が広がるかと思います。 

石見:今はPHR連携による成功体験を積み重ねる段階ですね。成功体験の積み重ねにより、ロールモデルができると思います。 

PHRは、患者さんが継続的な検査をしているかを測定するうえでも有用です。検査の実施状況のデータもPHRに残っていれば、患者さんが医療機関に訪れた際に過去のデータが共有され、実施すべき検査が明確化されます。 

安達:石見先生のお話を聞くと、PHRによって異なる診療科の先生が、既往歴を一目で確認できる世界観が実現できるのではないかと思います。例えば、眼科の先生が、糖尿病の既往を把握するといった形です。これにより、患者さんが検査の必要性に気づく頻度が増え、重症化予防の領域が進むのではないでしょうか。 

石見:おっしゃる通りですね。私は循環器内科が専門ですが、普段は電子カルテを読み込み、別の診療科の診療録を調べるといった行為はしません。しかし、PHRがあれば、簡単に他科での診療経過も共有できるようになると思います。 

古屋:診療録の共有は、電子カルテが統合されていなくても、別のソフトウェアを立ち上げるだけでも可能なのでしょうか。 

石見:診療録の共有は、段階があると思います。最終的には電子カルテを通じた情報共有が理想ですが、電子カルテは運用上の制約が多々あります。このため、短期的には先ほどの成功体験のような話で、簡易のタブレット等を経由して情報が伝わる形で十分かと思います。 

PHRの普及には、標準化されたプラットフォームの構築が鍵 

マイクロソフト コーポレーション(米国本社)インダストリーブラックベルト社会保障事業推進室長 石川智之 

石見:しかし、今はPHR連携の成功体験がないので、医療機関側に電子カルテの改修といったモチベーションがありません。マイクロソフトはその点についてどのようにお考えでしょうか。 

石川:厚生労働省は、「医療DX令和ビジョン2030」の中で標準型電子カルテの開発に本年度から取り組む予定ですが、「PHRを取り込む仕組みを入れよう」といった意見は聞こえていません。 

今は病院ごとにPHR連携の仕組みを構築するのが難しいので、PHRを取り込む前提で標準型電子カルテを作っていけば、PHRと医療現場に溶け込んだ世界が実現されるかと思います。いずれにせよ、PHRの普及に向けては、国が音頭を取って、PHRを取り込むプラットフォームを構築するのが重要です。 

石見:おっしゃる通りで、標準化されたプラットフォームの構築が本日の議論の鍵になるかと思います。標準化されたプラットフォームへの連携を想定しながら、まずは生活習慣病や救急災害といったPHR連携のメリットが分かりやすい領域にフォーカスし、日常的なデータを複数の医療者と共有して医療の質が高まるといった実績を積み重ねるのが理想的と考えています。 

標準化するのはプラットフォームだけではありません。PHRの指標や基準を標準化するのも重要ですよね。例えば、酸素飽和度や体重といった指標の基準を標準化しておき、どのPHRサービスでも基準を見られるようにするといった形です。 

そのうえで、受診する医療機関に関係なく、各医療機関の医療者がPHRを見られるようにします。これにより、ガン専門の医師が気づけない疾患を、循環器の医師が気づけるといったメリットも生まれるでしょう。 

安達:ただ、こうしたPHR連携が進むと、患者さんの病状の変化を見逃した時の責任の所在が問題になるかと思います。PHR連携を進めるだけなく、PHRを通じた病状のスコア化、可視化も重要です。そのスコアもガイドラインで規定されていれば、医療機関によるPHRサービスの普及が進むと思います。

PHRによる責任の増加を懸念していては、医療が永遠に発展しない 

石見:おっしゃるようなPHR連携の課題については、医療が発展していく過程の中での課題ではないかと思います。このような課題は、AED(自動体外式除細動器)が普及する過程でも起きました。 

AEDは2024年7月に、市民による使用が許可されて20周年を迎えます。AEDは当初、学校に設置されていないのが当たり前だったので、使わなくても責任を問われませんでした。 

しかし、今はAEDが当たり前になったので、学校がAEDを適切に使用できなかったら責任を問われます。AEDの普及活動を始めた当初、弁護士さんから「基準が変わるので、責任を問われる方が出てくることも覚悟しなければいけませんよ」と言われていましたが、基準の変化により、責任範囲が広がるのは、医療が発展するということだと思います。 

PHRの場合も、データ連携により見える範囲が広がり得るので、「医療者の責任が問われやすくなる」といった懸念はあります。しかし、責任増加の懸念により、PHRを普及させないという姿勢では、医療が永遠に発展しません。 

テルモ株式会社 メディカルケアソリューションカンパニー ホスピタルケアソリューション事業 部長 古屋博隆 

古屋:そういう意味では、AEDも当初は医療者が使えなかった一方で、現在はわれわれも使えるようになっています。もしかしたら、PHRも医療者だけではなく、一般人のわれわれも一定の判断基準のもと、使えるようになると、すごく世界が広がるのではないかと思いますね。 

石見:PHRの場合は、AEDよりもデータが複雑です。このため、一概に言えないのですが、PHRの運用にあたって医療者に対するサポートもないと、医療者側も二の足を踏んでしまいますよね。普及に際しては、多くの情報処理に追われることがないように医療者の負担を軽減する仕組み、機能の導入や、法律やガイドライン等で医療者に過度の責任を求めることなく、PHR連携の活用が進むようサポートしていくことも重要です。 

対話型AIが必要なデータの抽出を簡素化する 

日本マイクロソフト株式会社 ヘルスケア統括本部医療・製薬営業本部 アカウントテクノロジ-ストラテジスト 大嶽和也 

大嶽:やはり、PHRの普及にあたっては、インターフェースを1つに統一することが重要です。われわれは、医療者もPHRを活用できるように、インターフェースを統一したうえでデータ収集・分析といった1つ1つの作業を簡略化する開発姿勢を非常に重要視しています。 

1つのパッケージの中で、時にAIの力を借りながら、いろんなPHRサービスにあるデータを分析できるプラットフォームが理想です。こうしたプラットフォームであれば、利用者側に専門的なスキルが必要ありません。われわれは、医療者が簡単に患者さんの状態を確認できる形を目指し、プラットフォームづくりを進めています。 

石川:われわれは、双方向でやり取りできる対話型AIを実装した電子カルテについても、構想を描いています。構想する電子カルテでは、医師が質問すると、AIが必要なデータを可視化したり、現状の健康状態から逆算した検査数値の予測値を出したりしてくれます。対話型AIを実装した電子カルテのように、今後は、たくさんのデータからほしいデータを引き出せるソフトウェアの開発が重要だと思います。 

石見:その辺りがまさにインタラクティブAIがサポートしてくれる領域だと感じますね。 

古屋:医療者が必要なデータは限られていると思います。複数のデータをビジュアライズして見やすくする方法もありますが、一番重要なのは、必要なデータの抽出です。この点、AIが必要なデータを抽出する上で役に立つかもしれません。 

田中:それでも、AIが抽出するデータが現場の医師が使うデータと全く同じであれば、AIが大きく大きな発展しないのではないかと思います。 

AIで抽出したデータと現場の医師が使うデータの間に若干の違いが出てしまうのが、ある意味、理想です。AIを通じたデータの収集・分析を進める上では、通常の診察よりも広い範囲のデータを集めつつ、要所で大事なデータを取捨選択できるのが重要だと思いますね。 

現場の医師の意見をもとにしたPHRサービスの構築が重要

PHR普及推進協議会代表理事/京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 予防医療学分野教授 石見拓 

石見:PHRを医療現場とうまく連携させるためには、PHRサービス事業者と医療機関の双方がやり取りすることが必要です。多くの医療機関では現状、電子カルテを構築する際にも現場の医師の意見が十分に反映されていないように思います。 

先日、ガン治療を専門にする医師が、「多くの患者さんがしんどくても自宅にいたいので、すれすれの状態まで頑張って苦しいと言わないんです。そして、最後に耐え切れなくなって救急搬送されるケースも多いので、自宅での酸素飽和度や患者さんの自覚症状を把握できる機能が欲しい」とおっしゃっていてなるほどと思いましたが、こうした現場の医師の意見をもとにしたPHRサービス、医療との連携の構築が重要ですね。 

現在、ICT(情報通信技術)の発展により、診察時の情報だけでなく、1日単位の体重や血圧など、詳細なPHR(ライフログ)データの収集が可能になりました。これにより、医療情報が増えるという側面がありますが、「一定のラインを超えるとアラートが出る」といった機能を設けることで、現場の負担も減らしつつ、PHRデータを活用することが可能です。PHRサービス事業者の皆さまには、そうした点を意識しながら、サービス開発を進めてもらえればと思います。 

文:Omura Wataru

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