生成AIは実用段階へ!住信SBIネット銀と第一生命の事例を紹介~日本MSがセミナー開催
※本ブログは、金融総合専門誌「ニッキン」による情報サイト「digital FIT」にて 2024 年 8 月 15 日に公開された 生成AIは実用段階へ!住信SBIネット銀と第一生命の事例を紹介~日本MSがセミナー開催 | digital FIT (nikkin.co.jp)の再掲です。
・住信SBIネット銀行は生成AIを活用したデータ分析アプリを全社展開
・第一生命保険は生成AIを活用したチャットサービスやデジタルバディを開発
いずれも生成AIの業務活用で注目を集める事例だ。
これら取り組みの目的や、開発時の注意点、先行事例ゆえに苦労したポイントなどは何だったのか――
日本マイクロソフトは2024年6月13日、生成AIセミナー「金融機関様向けAI Transformation with the Microsoft Cloud」を開催した。テーマは「AIを創る、使う、守る」。会場ではメガバンクや地方銀行、保険会社など70名が参加し生成AIの最新事例やノウハウ紹介に聞き入っていた。さらに、ライブ配信では300名が視聴するなど金融機関の関心の高さがうかがえた。
当日は、住信SBIネット銀行や第一生命保険が登壇し活用事例を紹介。生成AIの専門家によるAI活用の将来像を語るパネルディスカッションも実施された。2024年5月に開催された開発者向けイベント「Microsoft Build」での発表内容の中から金融業務に関する部分を「創る、使う、守る」観点で紹介するなど、金融機関に特化した生成AIの最新動向を盛り込んだ内容だった。
印象的なのは、生成AIが実業務で活用される段階に至っているという事実だ。セミナー内容や事例、パネルディスカッションでは、現実的にどの業務で生成AIを活用するべきか、何から始めるべきか、といった実用に向けた取り組みやノウハウが多く聞かれた。
本稿では当日の模様をご紹介する。
(取材協力:FIT事務局)
AI活用を成功させる要素とは
日本マイクロソフト・荒濤氏
「Microsoft Azure OpenAI Service」の採用が伸びている。2023年5月時点で世界で4,500社だった採用数は、わずか9カ月で12倍に増加した。開会の挨拶で、「本当に目まぐるしい勢いで変化・進歩している」と日本マイクロソフト 執行役員 常務 金融サービス事業本部長の荒濤 大介氏は振り返った。中でも日本の金融機関での導入は他の地域を上回る速度だ。一方で、業務活用するうえで課題を持っている金融機関も少なくない。荒濤氏は「従業員のスキル不足やコスト、リスク管理、データ整備で課題を持っている企業が多い」と話す。
日本マイクロソフトはAI活用が成功するための要素を6項目にまとめている。
1.人材:人材の獲得・育成や管理者層のリーダーシップ発揮
2.プロセス:組織変革のマネジメントやKPIの設定、経営層の関与
3.テクノロジー:既存システム・データソースとAIとのインテグレーション、内製・SaaSなどの判断
4.戦略:活用アイデアの優先順位付け、短期的ROIか中長期的なトランスフォーメーションかの選択
5.組織構造:変革をリードする組織・部署の組成
6.パートナーシップ:最新AI技術に触れるためのパートナー開拓や知見の活用
これらの要素に取り組むことが、AI活用を成功させるポイントとなる。荒濤氏は「この6要素を念頭に、本日紹介する最新のAI情報を聞いてもらいたい」と話した。
ここまでできる!生成AIの実力とマルチモーダルの可能性
日本マイクロソフト・岡嵜氏
生成AI活用が進化している。1年前はインターネットや社内にある情報をうまく組み合わせてコンテンツを生成する使い方が多かった。しかし、現在では「生産性の向上を目的とした活用(AIを使う)、業務プロセスにAIを組み込んでイノベーションを創出するような使い方(AIを創る)が増えてきている」と日本マイクロソフト 執行役員 常務 クラウド&AIソリューション事業本部長の岡嵜 禎氏は基調講演「最先端の生成AI活用でビジネスを加速する」で語った。そして、この進化を加速させるために、Microsoft Buildでは50以上の製品アップデートが発表されている。その中では、2024年5月にOpenAIが発表し、Azure OpenAI Serviceとして利用可能な「GPT-4o」の進化についても言及されている。GPT-4oの特徴は大きく3つある。1つは、テキストに加え画像や音声など多様な種類のデータを処理できる「マルチモーダル」の強化。もう一つは高速化したレスポンス、そして最後が低コスト化だ。「性能・レスポンスが上がりながら、コストはGPT4と比べて12分の1になっている」と岡嵜氏は話す。
まず、「AIを使う」の観点でMicrosoftの最近の取り組みが紹介された。AIを使う場合は、「Microsoft Copilot」が中心的な役割を担う。そもそも、Microsoft Copilotは利用者をサポートしてくれるアシスタント機能だ。AIにより人に話しかけるように言葉で指示を出すことができる。利用者の多い「Copilot for Microsoft 365」での進化がデモ動画で示された。
まずは、「Teams 会議 Copilot」。これまでCopilotは個人で使用することが多かった。しかし、デモ動画で示されたのは、まるでチームメンバーの1人のようにミーティングに参加するCopilotだ。会議音声を理解しミーティングの内容をまとめる。「Copilotの回答をみんなで見られるようになったので、会議のファシリテーターやプロジェクトマネージャーの役割を担えるようになった」と岡崎氏。
次に、Teams会議により進化したリアルタイムAI機能として組み込まれたデモ映像が公開された。Webミーティング画面から始まり、参加者はそれぞれの母国語で好き勝手に話している。Copilotは、利用者の言語に合わせ、話者の言語へ、リアルタイムで翻訳し、音声でその内容を伝えてくれた。
「AIを創る」の観点では、「Microsoft Copilot Studio」の進化が紹介された。Copilot Studioは独自のCopilotを素早く作れる開発ツール。これが進化し複数AIを活用して複雑な作業ができるエージェント型のアプリケーションを作成できるようになる。岡嵜氏は「ポイントはやはりマルチモーダル」と強調する。音声で会話でき、画像認識もできる。複雑な作業もこなしてくれる人間のパートナーのような存在を素早く作成可能だ。
デモ動画は、TeamsのWebミーティングでプログラムのソースコードが画面共有されている。AIエージェントは、このソースコードを解読し音声による解説を実施。さらに、株価チャートの解説や、より複雑な処理が必要なキャッシュフローの予測までやってみせた。
日本マイクロソフト・藤原氏
続いて、日本マイクロソフト ローコード テクニカルリード & エバンジェリスト / YouTuberのギークフジワラ氏がAI搭載のローコード開発ツール「Microsoft Power Platform」を紹介した。
「AIを創る」の観点でローコード開発が実演された。AIに業務内容を話しかけるだけで社用車管理のプログラムが作成され、エクセルの管理台帳をAIにアップロードするだけでAIがデータ構造を推定し管理アプリが作成される様子が披露された。
「AIを使う」の観点では、ギーク氏がPower Platformで作成したプログラムが紹介された。まずは、文書情報から想定質問を作成するプログラム。英語の金融レポートなどをAIが翻訳し、同時に想定質問とそれに対する回答を作成する。次に、Web上に投稿された金融機関に対する評判の中から優先度の高いネガティブな評判を抽出するプログラム、戸籍謄本から家系図作成、相続人特定を実施するプログラムなどが紹介された。いずれも、AIによる処理だけでなく、担当者の割り当てや対応結果の記録、チェック、RPAによるオンプレミスシステムへのデータ登録など、業務プロセス全体をPower Platformだけで実現できることが示された。ギーク氏は「使い方は無限大。こういったツールを使いこなせる人材を増やしていくことが重要になる」と話した。
基調講演の最後では、再び岡嵜氏が登壇し、「AIを守る」観点でのMicrosoftの取り組みを紹介した。
MicrosoftはAIの安心・安全な活用を目指し、自社のすべてのサービスや基盤に、開発段階から運用に至るまで安全性を追求していくという原則を定めて、金融機関のAI活用を支援している。同時に、AIの生成物に対する著作権関連の問題解決もサポートしている。
さらに、有害なAI生成物やコードを検知する「Azure AI Content Safety」もMicrosoft Buildで機能強化が発表された。新たに、社会的に不適切とまでは言えないが自社ポリシーには反する、といったコンテンツを検知できるようになった。また、金融機関内の様々なサーバーやクラウド上に点在するデータを仮想的に統合して活用する「Microsoft Fabric」も紹介。利用者が閲覧権限をもつ情報だけで回答を作成するようにする機能で、AIの安全性を確保している。
岡嵜氏は最後に「日本マイクロソフトは、あなたの“Copilot”として成長を支える」と決意を語った。
全従業員をデータサイエンティストに(住信SBIネット銀行の活用事例)
住信SBIネット銀行・渡辺氏
では、実際に生成AIを業務アプリに組み込む場合、どういった点に注意すればいいのだろうか。それが語られたのが、住信SBIネット銀行による事例セミナー「住信SBIネット銀行における生成AI活用事例」だ。同行はデータ分析・業務支援アプリ「Shadow」を内製開発し、2024年4月から全社で利用している。
住信SBIネット銀行 データサイエンス部 マネージャ 渡辺 秀行氏は、「全従業員をデータサイエンティストに」が目的だったと語る。渡辺氏が所属するデータサイエンス部は様々な部署から毎日のようにデータ分析依頼がくるという。すべての依頼に対応することは難しく「複雑な分析を誰でも手軽にできるアプリがあればいいな」と考えた。そこで開発したのがShadowだった。AIとチャット形式で対話しながら必要なデータをアップロードすることでAIがデータ分析やレポート作成をしてくれる。デモでは、住宅ローンのダミーデータ1万件をアップロードし、ヒストグラムや項目ごとの相関を表すヒートマップなどをAIが作成する過程が紹介された。図表を出力するだけでなく、それぞれAIによる解説がつく。さらに、1クリックでMicrosoft PowerPoint形式のレポートが作成された。
このShadowには次の3つの特徴がある。
①1つのアプリだけで分析から資料作成まで完結する
②タスク実現のために自律的に思考をループする仕組みを取り入れている
③Azure OpenAI Serviceを使い閉域ネットワークで安全に動作する
①はデモで示された通り、ShadowアプリのみでAIとの対話、データ分析、レポート作成までを完結できる。
②により、自然言語で入力された利用者からの指示に対し、AIが適した対応を思考し回答できるようになる。例えば、東京の天気を知りたいときに、これまでのアプリケーションは、東京を指定することでその地域の天気情報を取得するよう動作していた。これが、生成AIを活用すると「東京の天気は?」と問いかけるだけで、AIが質問文から利用者が知りたいことを考え、東京の天気を知るために必要な機能を選んで回答を作成できるようになる。こういった、AIが最適な対応を自ら考えて行動するアプリケーションの設計思想はMVAアーキテクチャと呼ばれており、本アプリでも採用されている。これにより、利用者が複数のデータをShadowにアップロードしながら指示を出せば、AIがデータ結合などを自動で実施し利用者の要望に応えた精度の高い分析を実施することができる。
③については安心安全な利用を実現する。渡辺氏は「開発者として最も注意したのがセキュリティだった」と振り返る。本アプリでは、米国のセキュリティ団体であるOWASP(Open Web Application Security Project)が定めるLLM利用のセキュリティチェックリストを活用して安全対策を実施している。リストには、LLMを業務活用するうえで重要になる10項目のセキュリティリスクが記されている。渡辺氏は、この10項目を3つに分類することから始めた。
・Azure OpenAI Serviceを提供するMicrosoftが実施すべき対策
・本アプリでは関係ない項目
・対処すべき項目
3つに分類したのち、本アプリで対処すべきと判断した「プロンプトインジェクション」などへの対策を進めていったという。
また、MicrosoftのAIサービス拡充により、「開発工数の削減だけでなく、自社で対処すべきセキュリティ項目の一部をMicrosoftに任せられるようになってきている」と渡辺氏は話す。
今後の展望としては、「将来的には金融用のLLMを作りたい」と渡辺氏。短期的な目標として、「より複雑な処理ができるアプリ」や「自動的にデータ取得をする機能」の開発を挙げた。渡辺氏は「今後も、どんどん新しいものを作り続けていこうと思っているので期待してもらいたい」と語った。
少しドジだけど憎めないICHIとミスパーフェクト・Sophieが営業職員をサポート(第一生命保険の活用事例)
第一生命保険・市川氏
AIを活用した2種類のキャラクターを作成し、営業職員をサポートするのが第一生命保険だ。第一生命保険 DX推進部 部長 市川 陽一氏は、「生命保険は人が介在しないと売れない」と話す。銀行や証券など多くの金融分野でデジタル化が進み、人の手が介在しないデジタル完結の世界に進んでいる。一方で、「グローバルで見ても完全デジタルな生命保険というのはうまくいっていない」と市川氏。本セミナー「第一生命における生成AI活用事例」では、そんな生命保険領域においてAIをどのように活用しているのかが語られた。
一般的に、生命保険の営業はドアオープン・ハートオープン、提案、クロージング、フォローという流れで行われる。このうち、ドアオープン・ハートオープンを支援するのが新人生涯設計デザイナー「ICHI(イチ)」だ。そして、提案やクロージング、フォローの部分で、営業職員を強力にサポートするのがデジタルバディ「Sophie(ソフィー)」となる。
セミナーでは、まずICHIのデモが紹介された。「少しドジだけどお茶目で憎めない性格」に設定されたICHIがチャット形式で利用者と対話し、打ち解けてハートオープンしていく。「ICHI自体は単なる会話型AIだが、実は顧客の深層心理に迫っている」と市川氏は話す。保険の営業職員が顧客に対しドアオープンを試みるとき、拒絶される理由は一般的に「しつこくされたくない」からだ。営業職員と人間関係が構築されてしまうと、その後の提案を断りにくくなるから拒絶されてしまう。しかし、ICHIには感情がないので顧客が気に入らないなら切り捨ててしまえばいい。この手軽さが、ICHIがチャレンジするドアオープン・ハートオープンに生きてくる。
とはいえ、「PoCはICHIにとってストレスフルな環境だった」と市川氏は振り返る。まず、AIが勝手に話すことによる風評リスクの観点から大々的なプレスリリースや告知は打てなかった。そのため、同社公式LINEと友だち登録をした利用者を対象に期間限定でICHIとの会話機能を提供した。市川氏は「まだ学習中なのでグダグダな会話になってしまうこともある。気に入らなければブロックされてしまう。厳しい環境だった」と話す。しかし、性格設定などが功を奏し「想定を上回る成果が出た。今後の展開に向けて進んでいる」という。
続いて、高い能力で営業職員をサポートするミスパーフェクト・Sophieのデモが紹介された。デモ動画では営業職員の傍らに置かれたPCにSophieが表示されている。Sophieは、営業職員と顧客との会話を聞き、時には顧客と直接会話する。そして、営業職員が回答に窮する場面では、Sophieがサポートする、というものだった。
Sophieの優秀さに注目が集まるデモ動画だが、市川氏は「Sophie自体は単なるインターフェース」と付け加える。裏側では、音声認識や話者分離、表情解析などいくつものマルチモーダルAIが動いているという。そして、「AIモデルが簡単に着脱できるよう開発している。良いモデルがあればすぐに乗り換えができる」と市川氏。営業トークの指導や報告、レポート作成、単純業務の簡素化など、Sophieは今、どんどん進化している。今後は、営業部門などから新機能のニーズを聞き取り、実現できるAIモデルを探しながら機能拡充を進める。現在は顧客との会話データを構造化してCRMに登録していく機能を開発中だという。実現すれば顧客理解の深化に貢献する。市川氏は「色々な用途で人をサポートできるようなAI開発をしていく」と話した。
AIの専門家によるパネルディスカッション
左から、日本マイクロソフト・金子氏、LayerX・中村氏、ACES・與島氏、PKSHA Technology・松澤氏
続いて、日本マイクロソフトのパートナー企業からAIの専門家3名が登壇するパネルディスカッション「金融業界における生成AI活用ソリューションの最新動向」が実施された。
ファシリテーター:日本マイクロソフト 業務執行役員 金融サービス事業本部 銀行・証券営業本部長 金子 暁氏
参加者:
PKSHA Technology AI Solution事業本部 金融領域 副事業責任者 松澤 勇太氏
ACES 取締役 COO 與島 仙太郎氏
LayerX 部門執行役員 AI・LLM事業部長 中村 龍矢氏
今、金融機関から一番引き合いの多い生成AI活用テーマは?
松澤氏「稟議書や契約書の自動生成など業務に近い部分で使ってみたいという要望が非常に多く寄せられている。AIが稟議書を作成し、AIが稟議書をレビューするといったAI完結の世界がくるかもしれない。また、社内ドキュメントの検索に生成AIを使いたいというケースもある。6月には当社の「PKSHA AIヘルプデスク」が静岡銀行の照会業務等で導入されるという発表をした。生成AIによるドキュメント検索や問い合わせ対応は実用段階になっていると感じる。」
與島氏「引き合いの多いテーマはコーポレートITや顧客対応、リスク・コンプライアンスだ。特にコーポレートITでは、生成AIを多くの業務で効率的に導入するための基盤整備で相談が多い。顧客対応やリスク・コンプライアンスでは、文書の要約や業務の自動化など、人の作業をAIが代替していくような使い方で引き合いが多い。」
中村氏「引き合いの内容は時期によって変化している。2023年の夏・秋頃は社内のチャット環境を整備したいという声が多かった。その後、RAGによる精度向上などに関心が移っている。全従業員向けの取り組みというより、稟議や監査といった特定部門での利用の方が素早く始められるので成功しやすい。「DX部門が入れたシステムが良かった」という評判を作っていかないと、次のシステム導入に協力してもらいにくくなる。素早く導入できる業務からAI活用を開始し多くの従業員を巻き込んで行くことがデジタル化では重要だ。」
生成AIが苦手な領域や難しい用途は?
中村氏「1つは、顧客に対して直接回答を返すアプリケーションでの利用だ。生成AIの精度を100%にするのは難しいためだ。例えば、外部公開されているWebサイトなどにチャットを設置して顧客対応する用途などは現時点では苦手だ。もう1つは、反復的ではない業務での活用だ。生成AIを使うのであれば、反復業務のほうがやりやすい。正解があって、正解に至るプロセスが明確な業務のほうが生成AIを実用レベルに調整するのが容易になる。」
與島氏「やる度に少しずつやり方が変わるような業務では生成AIの活用が難しい。業務フローが明確で、そのフローのどこでAIを使うか見極めることがAI活用の成功には大切だ。また、データがあまり蓄積できていない業務では短期間で目的を達成するのは難しいだろう。」
松澤氏「生成AIには苦手なことがたくさんある。精度は100%にならないし、数字や絵を読み取るのも今は苦手だ。ただ、業務活用という意味では利用が難しいものはあまりないと思う。生成AIはあくまで部品だ。生成AI単体では難しくても、業務フローの一部として生成AIを組み込むのなら大部分の苦手分野は克服できる。AIがだめなときは有人対応に切り替えるなどのオペレーションをしっかりと設計すれば、生成AIだけではできないことも可能になる」
生成AIが苦手な顧客対応の分野で実用化に向けたポイントは?
松澤氏「1つは、オペレーションをしっかり設定して生成AIの苦手を克服することだ。もう1つは、生成AIの利用に慣れることだ。生成AIに慣れることでモデルの特性がわかり、それを踏まえた設計ができるようになる。苦手な部分だけを人が処理するといったオペレーションが組めるようになる。」
與島氏「活用領域の選び方が肝だ。選ぶべきでないのは、すでに人がやっている業務の中で顧客が高品質なサービスを期待しているような分野だ。一方で、人手の問題などで今まで提供していなかったサービス分野で、少しでも価値が提供できればいいというのであれば、生成AIがうまく機能することが多い。」
中村氏「AIが返した結果が間違っていたとき後から気付けるフローが作れる業務はうまくいく。例えば、顧客の提出書類についてAIで入力を自動化した場合、仮に入力内容が間違っていても金融機関側のチェックで発見することができる。そういう使い方であれば、顧客対応であっても生成AIを使いやすい。」
最新のAIモデル「GPT-4o」は金融機関にどんな影響を与える?
中村氏「まず安くなったことが大きい。金融機関と生成AIの適用領域を検討する際に、費用対効果の面から見送る業務も多い。安くなれば多くの業務で適用できるようになる。マルチモーダルについては、隠すべき情報の検出に効果を発揮するだろう。テキストデータのマスキングに比べて画像やイラストのマスキングは困難だ。資料の中から企業ロゴを検出するなどの用途が容易になるのはインパクトが大きい。」
與島氏「GPT-4oのマルチモーダルはパラダイムシフトを起こすだろう。生成AIが出てもなお、データや情報に人があわせるという利用形態は変わらなかった。この障壁が1つ取り払われる。現在、生成AIを使用する際はチャットで指示するケースが多いが、今後は人が人に依頼するかのように生成AIに指示が出せるようになる。また、営業トークの評価などを生成AIで実施する場合、これまでは外部機能として音声の抑揚や感情値の変化、相槌の検知などをして生成AIに投げることで評価していた。マルチモーダルの生成AIであれば外部機能なしで実現できるようになる。より深い活用や分析が簡単になるだろう。」
松澤氏「例えば面接AIのような、人と人との対話を評価する使い方が増えるだろう。現在の生成AIの使い方だと、会話を音声認識でテキスト化して喋ってる内容を評価する。しかし、音声をテキスト化する段階で表情や仕草など多くの情報が失われている。マルチモーダルにより、これらの情報を含めて評価できるようになる。」
金融機関が今取り組むべき生成AIの活用領域は?
松澤氏「書類の検索や管理業務だ。SaaSを使えば明日からでも取り組める。そういったもので効果を実感しながら活用領域を広げていってもらいたい。いきなり全部変えるのは無理なので、業務分野や利用用途を上手に絞って取り組みを開始していけるといい。」
與島氏「コーポレートITや顧客対応、リスク・コンプライアンス領域で、大量の定型業務が必要な分野が、今取り組むべき活用領域だ。一方で、生成AIはすごい速さで進化している。そのため、使用するAIモデルが変わることを前提に考えるべきだ。そして、AIモデルが変わってなお、金融機関の資産として残る場所を選んで、そこへ投資をすべきだ。」
中村氏「決算書でも契約書でも業務領域は何でもいい。ただ、決め方として、今の仕事を10年続ける場合にどれだけ嫌か、というスコアが一番高い部署や業務から取り組むのがいいだろう。生成AIの活用やAIのチューニングは胆力のいる作業だ。この業務を早くやめて別の業務をしたいという強い思いがある部署のほうが成功しやすい。取り組みやすさの面で考えるなら、業務マニュアルがあって暗黙知が少ない業務の方が取り組みやすい。つまり、やりたくないという強い思いとしっかりとしたマニュアルがある業務から取り組むといいだろう」
懇親会
最後に、懇親会が開かれた。冒頭、荒濤氏が「いよいよ生成AIが金融実務で使われだそうとしている。この懇親会で、参加者同士の情報交換をしてもらいたい。日本マイクロソフトも全力で支援していく。」とあいさつした。
懇親会場では、生成AIの業務活用などで積極的に意見を交わす姿が目立った。参加者からは、「こういった機会はありがたい。色々な生成AI活用のアイデアはあるが、実利用の部分は分からないことも多い。非常に参考になった」といった声が聞かれた。ある参加者は、「現在は社内限定でドキュメント検索や企業情報の要約などで使用しており、将来的には顧客対応などでの活用も考えていた。しかし、今日の事例発表を見て、こんなに進んでいる企業があるのかと驚いた」と語った。「会社として日本マイクロソフトの生成AIイベントには積極的に参加しているし、これからも参加したい」と話す参加者もいるなど、早くも次回開催を期待する声もあった。
また、会場ではパートナー企業3社によるデモ紹介も行われた。
・PKSHA Technology
顧客ニーズに応じたAIをカスタムメイドで作成するソリューション事業とSaaS事業を手掛ける。デモではAIによる音声認識・要約や、静岡銀行にも採用された「PKSHA AIヘルプデスク」を紹介した。
・ACES
2017年設立の東京大学松尾研発のAIスタートアップ。今まで統計的に活用しづらかった非構造データを構造化して企業のデジタル資本として活用する技術などに強みを持つ。これまでに開発してきたAIモジュールを蓄積しており、組み合わせることでAIの実用化を迅速に行うことができる。
・LayerX
2023年11月にAI・LLM事業部を立ち上げた。デモでは、生成AIを業務活用する上で、タスクを分割してAIに指示を出していくことの重要性を解説。さらに、2024年6月に発表したノーコード・ノープロンプト生成AIプラットフォーム「Ai Workforce」を紹介した。