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AIは救急医療を変えられるか ~医療サービス向上と働き方改革のいま~

医療従事者の多忙や医師不足が叫ばれて久しく、医療現場でも働き方改革が求められています。しかし、医療現場では多忙や人手不足だけでなく、医療サービスの品質向上も 1 つの課題です。これらの相反する課題に対し、解決に向けた取り組みが試行錯誤され、AI や IoT といったテクノロジーの活用にも焦点が当たり始めました。医療における AI 利活用の取り組みについて、自治医科大学 救命救急センターの間藤 卓教授、TXP Medical株式会社 (以下、TXP Medical) 代表取締役 / 日立総合病院 救急集中治療科 医師の園生 智弘氏、日本マイクロソフト株式会社 (以下、マイクロソフト) 医療・製薬営業統括本部 事業開発担当部長 清水教弘 が、現場の課題と、テクノロジー活用のあり方について検証します。

変革期を迎えた救急医療現場が直面する課題

現在の救急医療の現場はどのような状況にあるのでしょうか。もともと日本の救急医療は、高度経済成長期に急増した交通事故に対応すべくその体制が強化されてきました。その成果もあり、1970 年に 1 万 6,756 人とピークに達した交通事故死者数は、2018 年にはその 1/5 に近い 3,532 人にまで減少しています。しかし、だからといって救急医療の需要は減少しているわけではありません。「現在の救急医療は、大きな変革期を迎え、”3 次救急と呼ばれる重症患者に対応する医療だけには留まらない”という位置づけに変化しています」と、医師として現場を長く見てきた間藤教授は、現在の救急医療が置かれている状況を説明します。



自治医科大学 救命救急センター 間藤 卓 教授

特に大きな課題が、今や受入患者の多くを占める高齢者に対する医療のあり方です。入院時に発生している症状に対処しただけでは終わらないことが従来との大きな違いです。「たとえば足を骨折して受け入れた高齢の重症患者が、その後に肺炎を併発する、認知症が進行するなど容体が変化していきます。また、退院可能な状態になっても引き取る家族がいない、これまで入っていた高齢者福祉施設にも戻れないなどの事情で、そのまま救急医療で対応せざるをえないケースも増えています。このように、超高齢化社会の問題が、救急医療の現場でまず顕在化しているのです。これに伴い救急医療の従事者に求められる対応能力のレベルはますます広く、高度になっています。とはいえ人材に余裕があるわけではなく、多くの救急医療現場がギリギリの体制で運営を続けています」(間藤教授)


さらに救急医療のみならず、あらゆる医療従事者にとって重い負担となっているのが、さまざまな診療のプロセスで発生する書類や資料の作成です。


日立総合病院 救急集中治療科の医師でもあり、急性期医療向けデータ管理システムNext Stage ERを提供する TXP Medical の園生氏は、医療現場における書類作成の課題を次のように話します。「電子カルテの導入が進んでいますが、中心的な用途と設計目的は診療報酬の計算機能です。臨床業務において必要な、職種間でのリアルタイム情報共有や経時的な患者状態記録管理、研究や教育において必要な高度な臨床情報の蓄積などの機能には限界がありました」(園生氏)。電子カルテの情報のままでは、スムーズな多職種間連携や信頼性の高い研究を行うことはできないのです。「結果として、研究用には多くの若手医師やリサーチアシスタントの人件費を使って別途データベースを構築し、大量のデータの入力や転記が行われています。研究に限らず、病院機能評価などの中央への届け出を目的として病院のスタッフの時間の多くが、膨大な資料作成業務に費やされているのです」(園生氏)



TXP Medical株式会社 代表取締役 / 日立総合病院 救急集中治療科 医師 園生 智弘 氏

そうした中で期待が寄せられているのが ICT の活用です。

日本マイクロソフト 医療・製薬営業統括本部事業開発担当部長の清水 教弘は、「医療はあくまでも医師が中心になって行われるものであり、ICT が取って代わることはできません。しかし、ICT が医師の手技を匠の技に近づける支援を行うことは可能です。AI に代表されるテクノロジーも、そうした観点から進化を続けています」と、ICT の位置づけを説明します。

救急医療における先進技術応用へ
Next Stage ER が目指すもの

働き方改革と医療サービス品質向上の課題解決に対して、具体的に ICT をどのように活用できるのでしょうか。

出発点となるのが、複数のシステムをまたいだデータ連携です。

「データをデジタル化する最大のメリットは、入力されたデータを同時に多くの場所から閲覧できたり、検索性を高めたりできる点にあります。これまで救急医療の現場に個別最適で導入され、分断されていたさまざまなシステムのデータを、すべてつないでいきたいと考えています。これにより臨床で集めたビッグデータを研究や医療の質評価に活用することが可能になります。データを集めることは臨床業務のadd onの要素となっては現場に苦痛を強いるだけです。データ入力や転記の負担を減らすことによる医療従事者の働き方改革とセットで推進することが必要になります」(園生氏)

このコンセプトを体現すべく、TXP Medical が提供しているのが NEXT Stage ER です。従来通り電子カルテに記載されたテキストを自動的に構造化し、多様なシステムとの橋渡しを担う共通データベース (レジストリ) や患者台帳を構築することができます。

「ビッグデータ」という言葉に代表されるように、医療業界でもデータ活用について取り組んできましたが、そのビッグデータを用意する莫大な労力が、実現を阻んできました。NEXT Stage ER では、AI が電子カルテの情報を認識し、AIを入力の支援ツールとして用いることで業務負、担の軽減と「使えるデータ」の収集を両立することを実現しました。

NEXT Stage ER におけるテキストの自動構造化の実現には、マイクロソフトの AI も使われています。「AI は大きく 2 つの要素に分けられます。1 つは画像や音声を識別する『知覚』で、すでに多くの研究成果が実用化されています。そしてもう 1 つが物事を理解する『認知』です。近年の AI は自然言語を理解し、暗黙知を認識するレベルまで進化してきました。この認知領域の AI テクノロジーが、テキストの自動構造化を下支えしています」(清水)

なお、マイクロソフトの認知領域の AI 自然言語だけでなく、「手術映像を用いたベテラン医師の暗黙知のデータベース化」といった取り組みでも成果を上げています。具体的には、手術工程や使用術具、処置内容などのアノテーション情報を時系列にラベリングし、大量に蓄積した手術映像についてデータベース化を実現しています。これらの成果により、近い将来、機械学習等の技術を用いて、たとえば「術具をどのように動かした時に出血が起きるか」といった情報の分析予測が実現するかもしれません。これによりベテラン医師がもつ高水準な医療手技 (匠の技) を標準化することが期待されています。

本当に効果を出すために―
留意すべきポイントと今後の展望

専門性の高い医療業界における ICT 活用では、パートナー選びが大事だと園生氏は強調します。

「救急医療は病院の内外の接点です。院内だけでなく救急隊や地域医療体制まで含めた業界オペレーションを理解しているパートナーと手を組むべきです。また、1 社にすべてのソリューション提供を望むのではなく、たとえば、業界標準の厳しいセキュリティ基準の担保やデータ保護、システムの可用性向上などについてはマイクロソフトのようなグローバルで実績をもつ企業に任せ、病院救急外来、救急隊、介護施設など個別の業種特性に対応するソリューションに関しては TXP Medical に任せるといったチームを編成することで、真に役立つシステムを構築できます」(園生氏)

実際、マイクロソフトと TXP Medical がタッグを組んで構築した NEXT Stage ER を中核とする救急医療のソリューションは、自治医科大学 救命救急センターにも導入されており、大きな成果を上げてきました。「私自身も医師としてこのシステムを利用していますが、実際に医療サービスの標準化や救急医療現場の労働時間削減 (生産性向上) に寄与したという意味で、初めての成功事例ではないでしょうか」(間藤教授)

医療現場におけるデータ整備は、テクノロジーの進化とともにますます医療従事者を助けられるようになるでしょう。精度の高いカルテ情報の音声入力もその 1 つです。これにより救急医療現場で必要とされるバイタルサインの種別入力や処置記録などを、音声から直接構造化データとして入力することが可能となります。ビデオ会議を中心として情報連携手段も多様化します。NEXT Stage ER では Microsoft Teams の API を起動し、時重症患者を病院間転送する際の紹介状や申し送り、あるいは院内スタッフ同士の情報交換にも活用されていきます。

活用が進む AI に対し、倫理的な問題も解決すべき課題です。「マイクロソフトは、今後 AI が活用されていく社会で、膨大なデータを学習した AI が導き出した結果が、偏見や差別などの社会正義から逸脱していないことを示す倫理や公正性が、ますます重要な要件になっていくと考えています。バイアスを排除した機械学習や深層学習についてもさらなる研究を進めています」(清水)



日本マイクロソフト株式会社 医療・製薬営業統括本部 事業開発担当部長 清水教弘

これまでも医療業界では ICT への投資は行われてきました。間藤教授は医療従事者側の心構えも必要だと指摘します。「ICT 投資はまだ十分とは言えないと考えています。正しく効果を出すためには、医療従事者は、ICT ができること、できないことを正しく理解しなければなりません」(間藤教授)


「私たちは ICT の新しい価値を提供し、医療の高度化と医療従事者の皆様の働き方改革に貢献していきたいと考えています。より良い救急医療を実現するため、AI をはじめとするテクノロジーが最適に活用されるよう支援を惜しみません」と清水は業界に対する継続的な支援を強調しました。


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