【PHR 普及推進協議会】PHR 座談会第 2 回「女性の生活に寄り添う PHR サービス」
個人の生活に紐づく健康・医療・介護等に関するデータである PHR(パーソナルヘルスレコード) 第2回の座談会のテーマは、「女性の生活に寄り添う PHR サービス」。女性の健康課題をテクノロジーで解決するフェムテックサービスを展開する株式会社エムティーアイとシミックホールディングス株式会社の社員 4 人が参加し、女性のPHR活用に向けた課題や展望について語り合いました。日本マイクロソフト株式会社業務執行役員兼パブリックセンター事業本部ヘルスケア統括本部長 大山訓弘も聞き役として座談会に参加しました。
【座談会参加者】
- 難波美智代 一般社団法人シンクパール代表理事/ PHR 普及推進協議会理事
- 那須理紗 株式会社エムティーアイヘルスケア事業本部ルナルナ事業部事業部長
- 帆足和広 株式会社エムティーアイヘルスケア事業本部電子母子手帳サービス兼母子モ株式会社取締役
- 藤岡由希 シミックソリューションズ株式会社マーケティング部部長
- 關まり子 シミック株式会社臨床事業本部
【聞き手】
- 大山訓弘 一般社団法人PHR普及推進協議会理事・広報委員長 /日本マイクロソフト株式会社業務執行役員兼パブリックセンター事業本部ヘルスケア統括本部長
生理日管理アプリを提供
難波:まずは皆様の事業内容についてお聞きしたいと思います。
那須:株式会社エムティーアイでは、2000 年に従来型携帯電話のガラケーで女性の健康情報サービス「ルナルナ」を生理日管理ツールとしてスタートさせました。現在は、スマートフォン向けに「ルナルナ」を提供しています。生理日管理をはじめとした女性のヘルスケアサービスを事業のテーマに置いていますね。
弊社が提供しているのは、エンドユーザー向けの「ルナルナ」だけではありません。 17 年には、ルナルナに記録された生理日や基礎体温などを診察時に医師のパソコンやタブレットなどで閲覧できるサービス「ルナルナメディコ」を始めました。「ルナルナメディコ」は全国で累計約 1,000 の施設に導入いただいています。
このほか、グループ会社では法人向けにオンライン診療とオンライン相談を通じて、働く女性の健康課題改善をサポートするフェムテックサービス「ルナルナオフィス」も提供しています。
帆足:株式会社エムティーアイのグループ会社である母子モ株式会社では、母子手帳アプリ「母子モ」や、自治体の子育て事業のデジタル化を支援する「子育て DX®︎」を提供しています。母子モは 2015 年から提供しており、600 を超える自治体にご活用いただいています。
子育て DX®︎ は、予防接種や乳幼児健診など、妊娠~出産~子育て期に発生する業務のデジタル化を支援する事業です。紙運営による手間が発生しやすい住民や自治体職員の負担削減につながっており、全国約 170 の自治体に使っていただいています。
健康通帳アプリをリリースする予定
藤岡:シミックソリューションズ株式会社では、パーソナルデータを同意のもと、統合・蓄積・提供できる健康通帳アプリ「 my melmo (マイメルモ)」をストア申請中で、 2024 年 4 月頃にリリースされる予定です。
my melmo は、自治体や企業が複数のアプリをつなぎ合わせ、課題解決につながるデータをカスタマイズできる仕組みです。例えば、自治体の保健師さんが住民の方に適切なタイミングで適切なフォローができるよう、弊社のグループ会社の持つ電子上のお薬手帳やワクチン接種記録といったデータを組み合わせられます。
my melmo が大切にしているのは、「本人によるデータの所有」です。アプリのデータは通常、事業者側が所有権を持っているケースが多いのですが、my melmo はデータ提供者本人が所有権を持っており、アプリ提供者のシミックも勝手にデータを解析できません。弊社は、データ提供者が第三者にデータを共有することで、何らかのインセンティブを享受できる仕組み作りを目指しています。
關:シミックグループでは、my melmo を情報基盤とした社内の女性社員が仕事やライフプランのバランスを保ちながら働き続けられるプロジェクトを進めています。本日、プロジェクトの詳細についてお話できれば幸いです。
ヘルスケアニーズの変化と現状は?
難波:ありがとうございます。続いて、提供するサービスから見える女性のヘルスケアニーズの変化と現状についてお伺いしたいと思います。エムティーアイさんはいかがでしょうか。
那須:生理日管理を筆頭に女性のヘルスケアについては以前、クローズドで、口に出してはいけない雰囲気がありました。そのせいか、ルナルナをキャリア携帯のサービスプラットフォームで提供を始める時もなかなか承認が下りませんでしたね。
しかし、ここ 20 年で女性の社会進出も進み、女性がパフォーマンスを発揮するためにヘルスケアの問題をどう解決するかといった人々の関心が高まってきました。また、生理日に関連したPMSなどのカラダの変化を女性自身が管理・把握したいといった新しいニーズも出てきたと思います。
とはいえ、義務教育においても生理日前後のホルモンバランスの変化といった女性の体に関する知識について知る機会がないのが実情です。それを踏まえ、今後は、 PHR 管理の前提となる女性の体の知識について啓発しながら PHR サービスを展開していくことが求められると思います。
帆足:女性のヘルスケアニーズという観点では、 2015 年に母子モを始めた当初、自治体側の反応は芳しくありませんでした。クラウドサービスのセキュリティに関する理解が浸透していなかったこともあり、個人情報取り扱いへの抵抗が自治体側にあったためです。
今では、子育て世帯への支援を巡るニーズの高まりを受けて、自治体の中でも「適切なデジタルデータがないと適切な支援が届けられない」といった意識を持つ人が増え始めています。こうした自治体側の意識の変化は、コロナ禍以降に顕著ですね。
ただ、現場の保健師さんは必ずしもデジタルツールの活用になじ みがある人が多いわけではありません 。そのため、ヘルスケアニーズの高まりとは裏腹に、うま く支援が届けられていない現状があります。そうした現状の打開策として、 PHR の活用という副次的なニーズが出てきているのではないでしょうか。
行政手続きは紙ばかり
難波:自治体もコロナ禍で新型コロナウイルスワクチン接種証明書のデジタル化を通じて、デジタル化が便利だなと実感できたと思いますね。シミックさんはいかがでしょうか。
藤岡:ユーザー側のニーズについては、子育てに従事する母親として、自治体サービスを利用する1人のユーザーという視点で語らせていただきたいと思います。
私が行政とのやり取りで感じたのは、行政手続きの煩雑さです。行政手続きは紙ベースなので、1つの申請につき、書類を5枚ぐらい書く必要があるんですね。これは、個人の目線でもかなり負担だと感じました。
その点、 PHR を活用したデジタル化は、今のスマホ世代の母親から見てもニーズが高まっているんじゃないかと思います。
当然、国や自治体も、そうしたニーズを見過ごしているわけではありません。弊社がシステム全体のコンサエルティングを手がける北海道留寿都村、蘭越村のように、母子保健業務のデジタル化に取り組む自治体も出始めています。しかし、事業で取得した母子保健情報を医療現場でどう使うかという見通しは、まだまだ立てられていないように感じます。
データをどう医療現場に活用するかというルート作りもしなければ、 PHR サービスの全国展開に時間がかかると思いますので、われわれとしては、複数のステークホルダーの意見を巻き取りながら、事業を進めていきたいと考えています。
難波:子育ての母親にヘルスケアのニーズが発生する理由について、詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
藤岡:実体験に基づくと、保育園では、紙に子育ての情報を記入する機会が多いためです。実際、子供が病院を受診する度に病名と薬の情報を保育園指定の紙に記入するほか、予防接種の記録を書き写した母子手帳を保育園に提出します。
会社で働いている女性にとって、手書きでの転記は、非常に煩わしいですね。お母さんの意志で第三者にお子さんの情報をリアルタイムに共有できる環境があれば、子育ての負担が減ると思います。
更年期症状の相談先がない
難波:關さんは社内の女性を対象にしたプロジェクトを進められているとのことですが、その詳細についてお話いただけますでしょうか。
關:プロジェクトは、更年期症状を抱える女性をトラッキング(追跡)するアプリの開発企業のご協力を得ながら、トライアルで進めています。トライアルのプロジェクトは、my melmo を使ってご自身の健康状態を入力する内容で、アンケート調査も実施しています。
アンケート調査から見えてきたのは、更年期症状をお持ちの方の相談先がわからないという課題です。弊社はヘルスケア企業なので、一般的な企業と比べて「相談先がある」と回答される割合が高かったものの、結果全体を見ると、どこに相談して良いかわからないという方が多くいらっしゃいました。
プログラムを通じて、育児休業制度をはじめとする福利厚生が社内に浸透しきっていないという課題も判明しました。そうした課題を踏まえると、出産・子育てに関する福利厚生へのニーズをくみ取るために、現場と人事部との連携も必要だと感じています。
PHR サービスの好事例はどう作る?
難波:女性の PHR の有効活用に向けては、まず社内での施策展開が好事例になっていくと思いますね。その点、フェムテックサービスを展開する皆様にご意見を頂戴できればと思います。
關:弊社では、生理痛の症状といった PHR を人事部や医療機関に直接提供できる仕組みを作りたいと考えています。
機密性の高い PHR を第三者に共有できれば、現場の上長に逐一相談する必要がありません。生理休暇も取りやすくなるでしょう。
現状では、社内の生理休暇の取得率は、ほぼゼロの状態です。取得状況が良くないのは、生理休暇を取得する際に、生理痛の症状や生理痛が始まった時期などの情報を上長に伝えないといけないためですね。
性別に問わず、グローズドな環境で生理痛の症状を上長に伝えるのは、容易ではありません。PHR を活用すれば、そうした問題は解決しやすくなるのではないでしょうか。
データを収集するうえでの工夫とは?
難波:健康管理を組織の問題にするうえでは、データの可視化が必要です。その点、 PHR の貢献度は大きいと思います。
とはいえ、データを収集する中でさまざまなご苦労があったかと思います。データを収集する、集約するうえでの工夫をお聞かせいただけますでしょうか。
那須:BtoC サービスのルナルナでは、ユーザーに情報を入力するメリットをご理解いただくのが重要だと思います。例えば、過去の記録をもとに生理日や排卵日が予測できるのは、情報入力によるメリットだといえます。
しかし、生理日や排卵日の予測精度は、長期間記録していただくことで上がります。そのため、ルナルナに継続して情報を入力していただくために、サービス内でのコニュニケーションを通じてユーザーに入力いただくモチベーションをいかに持っていただくかも重要だと考えています。
難波:長くサービスを活用していただくために、UXをどのように工夫していらっしゃるんでしょうか。
那須:例えば、生理日の記録では、入力までの動線を工夫して設計していて、生理予定日が近くなると、 TOP 画面のタップしやすいボタンを設置してあげるといった施策がありますね。
ルナルナはミッションとして女性に寄り添うことをかかげているので、サービス上でも「寄り添い」を感じられるUXを重要視しています。具体的には、生理日を入力後に「今回の生理で変わった部分はないですか」と人の温もりが感じられる問いかけを行っています。
難しい出口戦略作り
難波:ユーザーとのコミュニケーションを作るうえでの課題や、データ取得に関する課題はありますか。
那須:データを取得した後の出口戦略を作るかは非常に 難しいと思っています。
ユーザーが「データ入力で自分の生活が豊かになる」と期待して情報を入力しても、ベンダーが集めたデータを使って新たなビジネスを構築するのは容易ではありません。
例えば、生理日管理のデータ量は膨大ですが、データ単体での事業化は難しい部分があります。お預かりしたデータをユーザーの許諾を得たうえでビジネスや社会貢献につなげていくという出口戦略づくりが一番の課題ではないかと思います。
難波:PHR 普及推進協議会では、出口を明確に描いたうえでの入口の設計を大切しています。しかし、女性のヘルスケアデータは長期的な収集を必要とするので、アウトカム(成果)の設計が難しいと感じますね。
那須:不確定要素が多いだけに、1 回で当てようとせずに、絶えず仮説を立てて検証するといったチャレンジが必要ではないかと思います。
難波:子育て・出産の分野は入口と出口の設計がしやすいかなと思うのですが、帆足さんはその辺りいかがでしょうか。
帆足:おっしゃる通りです。われわれが今、子育て DX®︎ で協力している福岡県北九州市では、妊娠届の DX 化に 23 年度から取り組んでいます。運用開始 1 年後に利用状況を調べたところ、調査に協力した 93.8 %の人が、デジタル化した妊娠届を利用していました。
利用が進んだのは、「紙よりもデジタルの方が楽ですよ」とお伝えできているのが大きいと思いますね。
地方自治体の取り組みはサービスを導入すれば便利になると思いがちです。しかし、実際は、体験するまでのハードルを低く設計したり、ベネフィットをしっかり伝えたりしないと、サービスが使われないという状態になると思います。
ポイント付与でモチベーションを維持
難波:自治体がデジタルサービスを提供するうえでは、市民にとってのメリットを示すのが重要だと思いますね。データ取得のモチベーション維持という意味では、シミックさんはいかがでしょうか。
藤岡:弊社が協力する岐阜県養老町の健康管理アプリ事業では、データの共有時や活動量の目標達成時に地域通貨と交換できるポイントを付与することでモチベーションを提供しています。
ユーザーのモチベーション維持を目的とした施策はポイント付与だけではありません。高精度の測定器を集めた測定会を月に 1 度開催しており、ユーザーが体組成や活動量の管理をデジタルだけで終わらせないようにしています。「デジタルで健康管理をしてください」と依頼して終わるのではなく、定期的に測定会を開催することで、データ収集のモチベーションが保たれるのではないでしょうか。
難波:健康管理アプリ事業のステップアップを検討される中での課題はありますか。
藤岡:健康管理アプリ事業は、自治体に応じた設計をする必要があるのが課題といえます。実際、クライアントの中には、高齢者のフレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)や認知症に焦点を当てる自治体もあれば、母子健康を課題に位置付ける自治体もあります。
自治体ごとに収集対象とするデータが違うので、医療機関や研究者と話し合いながら適切な指標を設定するのが重要です。
PHR普及推進協議会に期待することとは?
難波:最後に PHR 普及推進協議会に期待することを一言いただければと思います。
那須: PHR 普及推進協議会の皆様には、PHR サービスの理想像を構築していただければと思います。
現状では、PHR サービスのあるべき理想像が業界ごとに異なるのが実情です。そのため、明確な理想像を作っていただき、各社が事業化しやすい環境を構築していただけますと幸いです。
帆足:PHR 普及推進協議会の皆様に期待するのは、PHRの普及をどうすれば早められるのかという点での議論の推進です。その観点で議論して施策に反映しなければ、PHR の利用が広がっていかないと思いますね。
藤岡:弊社は、国や自治体で流通するPHRのデータベースの標準化に向けた協議を、PHR普及推進協議会と協力しながら進めていきたいと思います。協議会と一緒に進めたいのはデータベースの標準化だけではありません。PHR サービス事業者、協議会などと連携しながら、必要な PHR を事業者側から提供できる仕組みの整備も推進できればと考えております。
關:弊社は、自社で提供しているPHRをほかのベンダーと共有できるプラットフォームの構築を目指しています。弊社としては、PHR 普及推進協議会にプラットフォームの構築を促していただければ幸いです。
文:Omura Wataru