デジタル トランスフォーメーションの衝撃 第 5 回
デジタルテクノロジーを活用して「製品を変革」
本連載では、これまで「お客様とつながる」「社員にパワーを」「業務を最適化」という、デジタル トランスフォーメーションの 3 つの側面に取り組むことで、競合他社に対する競争優位性を獲得できることを説明してきました。ただし、急激に変化する市場において生き残り、成長を続けるためには、自社が提供する製品やサービスそのものを変革すること、あるいはビジネス モデルを創り上げることが求められています。「製品を変革」することは、ある意味デジタル トランスフォーメーションの究極の目標の 1 つといえるでしょう。
圧倒的な競争優位性を確立するためには
「製品を変革」する目的は、製品やサービスに他社が追随できない付加価値をつけたり、全く新たなビジネス モデルを創出したりして、新たな収益機会を獲得し、圧倒的な競争優位性を確立することになります。
これらは決して未来の話ではありません。デジタルテクノロジーを活用して製品やサービスを変革し、新たな収益機会を創出している企業が次々と登場しています。こうした企業を分析すると、いくつか典型的なアプローチがあることが分かります。
ビッグ データから新たな収益源を創出
1 つ目が、いわゆるビッグ データから新たな収益源を創出する取り組みです。IoT (Internet of Things) が急速に進展している現在、生産や販売の現場、あるいは製品の内部に設置した無数のセンサーから膨大なデータを収集することが可能になりました。このビッグ データを活用して、製品やサービスに新たな付加価値をつけたり、これまでにはないビジネス モデルを創出したりするのです。
これを実践している企業の例が、ボーイング 787 やエア バス A380、A350 などに使われる高性能の航空機エンジンを製造する英ロールス・ロイスです。同社は、顧客企業にエンジンを売り切るのではなく、使用時間に応じた対価を受け取る従量課金モデルを採用しています。エンジンの信頼性とメンテナンスの責任はロールス・ロイスが負うというビジネス モデルで、同社は大きな成功を収めています。
このビジネスでカギとなるのが、エンジンに関するデータの収集と分析です。航空機エンジンには多数のセンサーが搭載されており、何千種類もの信号が生成されます。大型旅客機向けのエンジンの場合、そのデータ量は 1 時間当たり数ギガバイトにも及びます。同社は、このデータを収集、管理、分析するシステムを Microsoft Azure プラットフォーム上に構築しました。このシステムによって、顧客のエンジンのメンテナンスを管理し、航空機の可用性を最大限に高めています。
IoT 時代のビジネスが、これまでと大きく異なるのは、製品を出荷したら終わりなのではなく、その後も継続的にユーザーや利用状況に関するデータが集まってくることです。このビッグ データの活用が、あらゆる業界に共通する課題といっても過言ではありません。市場調査会社の米ガートナーは、2016 年末までに企業の 30% が自社の情報資産をマネタイズするようになり、1,560 億ドル規模の市場が生み出されると予測しています。
AI やコグニティブ技術で新たな知見を獲得
2 つ目のアプローチは、人工知能 (AI) やコグニティブ (認知) 技術を活用して新たな知見を見出し、それをベースにした製品やサービスを開発する取り組みです。
現在、産業界で AI が大きな注目を集めています。「機械学習」や「ディープ ラーニング (深層学習) 」といった技術の活用に取り組む企業が増えています。機械学習の基本機能は、大量のデータから学習した結果によって、何らかの規則性や分類を提示することです。さらにディープ ラーニング技術を活用すれば、人間が気づかない規則性を見つけ出すことも可能です。新たな知見を獲得できるという意味で、あらゆる業界がこれらの技術に大きな期待を寄せているのです。
人間がある事象を理解し、記憶し、推論するように、コンピューターが自ら考え、答えを導き出すというコグニティブ技術も注目されるようになりました。既に、画像認識で不審者を察知する防犯システム、ユーザーの好みを分析してファッションのコーディネートを提案するウェブサイトなどで、その技術の実用化が始まっています。
マイクロソフトのクラウド サービスでも、機械学習サービス Azure Machine Learning やコグニティブサービス Azure Cognitive Services を活用する企業が増えています。個人のキャリアと企業の人材戦略を支援するビジネスを展開するリクルートキャリア も、その 1 つです。同社はリクルートホールディングスの AI 研究所である Recruit Institute of Technology の技術とマイクロソフトの AI 関連技術を融合させることで、Evidence-Based HRM (客観的なデータに基づく、個人の納得性の高い人材管理) の新しいソリューションの開発を進めています。このソリューションでは、AI に人事データを分析させてプロジェクトに適したメンバーを提案するサービスや、個人の表情を認識する技術で従業員の健康状態や労働意欲を分析するといったサービスなどを視野に入れています。
マイクロソフトのコグニティブ技術をいち早く自社のサービスで実用化している組織もあります。例えば、米国のダートマス·ヒッチコック医療センター は、リアルタイムに患者の状態を追跡するサービスを提供しています。血圧計やパルスオキシメーター、ウェアラブルデバイスから得られたデータが、患者のスマートフォンを経由して Azure を基盤としたクラウド上のシステムに送信される仕組みです。これらのデータは Cortana Analytics Suite のダッシュボードに反映されます。
Cortana Analytics Suite は知覚インテリジェンス機能も備えており、患者の感情の状態を把握することもできます。さらに、Twitter などのソーシャル メディアをモニタリングすることによって感情を分析することや、看護師との会話や声の調子を分析することも可能になっています。
対話型ボットが人間の処理を肩代わり
3 つ目のアプローチは、顧客とのコミュニケーションの場に、対話可能なエージェント機能を配備する取り組みです。このような機能は一般に「ボット」と呼ばれています。
ボットとは、ロボットの略称で、従来は人がコンピューターを操作して行っていた処理を自動的に実行するソフトウェアやサービスのことです。例えば、問い合わせのメールを受信すると自動的にお礼のメールを返信する機能や、ウェブ上の文書や画像などを定期的に取得するクローラーなどが該当します。
最近では、AI を活用することによって、顧客と対話できるボットも登場しています。マイクロソフトでも、女子高生会話ボット「りんな」を LINE や Twitter 上で展開したり、顧客のボット サービス開発を支援する Azure Bot Service を提供したりしています。
既にボットを自社のサービスに取り入れている企業もあります。例えば、ナビゲーション アプリを提供するナビタイムジャパン は、LINE の公式アカウントに寄せられるユーザーの問い掛けの意味を認知して、終電や始発を回答する機能を開発しています。また、大手コンビニチェーンのローソン では、LINE 公式アカウント「ローソンクルー♪あきこちゃん」において「りんな」のテクノロジーを採用して、新しいサービスを提供しています。ローソンに関連した用語だけに限定した「ローソンしりとり」といった遊びやより自然な会話を楽しむことができます。金融機関では、三井住友銀行 や高知銀行 なども対話型ボットの開発を進めています。
ボットと同じことは、もちろん人手でもできますし、丁寧に個別対応できるという点で品質は高いといえます。しかし、人間では到底不可能な膨大な数の返答を瞬時に処理できることがボットのメリットです。回答のスピードを早めると同時に、学習によって精度を高めることができれば、顧客満足度を向上させることが期待できます。
現在は顧客サービスに使われることの多いボットですが、今後は顧客との対話を繰り返す中で「製品を変革」するための情報を入手できるということが大きなメリットとなるでしょう。例えば顧客が欲しいと考えている商品やサービスを開発するヒントになるなど、「製品を変革」の起点として活用できるからです。
次世代デバイスで新たな体験を提供
最後のアプローチが、次世代デバイスを活用してユーザーに新たなエクスペリエンスを提供することです。
現在、市場には VR (仮想現実)、AR (拡張現実)、MR (複合現実) と呼ばれる映像を表示するデバイスが登場し始めました。マイクロソフトもヘッド マウント型の MR デバイス HoloLens を提供しています。これを活用すれば、実物が目の前になくても、顧客に商品を “体験” してもらうことが可能です。
米国では住宅リフォーム・生活家電チェーンのロウズ・カンパニーが、既にこれを実践しています。約 2,000 店のホーム センターを展開している同社は、一部の店舗に HoloLens を導入し、住宅リフォームを顧客に体感してもらう新しいサービスを始めました。顧客は複合現実の世界で、キッチンのキャビネット、カウンター、タイルなどの材質や色、デザインなどの選択肢を幅広く体験できるようになりました。
家電製品などであれば、顧客は店頭などで実物を見て、触ることも可能です。しかし、住宅やクルマのような大型の商材では、全ての製品や部品を店頭にそろえることは現実的に不可能です。MR 技術を活用すれば、実物が目の前にあるかのような新たなエクスペリエンスを提供できるのです。物理的なモノがないサービスの場合でも、購入後にどのようなエクスペリエンスが得られるのかを仮想的に示すことが可能になります。こうした取り組みも、製品やサービスの変革の一環です。
関連リンク
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