デジタル変革を牽引する CIO が成功に導くための鍵を探る
デジタル トランスフォーメーションを推進するには、ビジネスと IT が深く融合した仕組みの構築が求められる。そこにはどんな課題があり、CIO (最高情報責任者) や情報システム部門としては、どんな取り組みを行うべきなのだろうか。
経済ジャーナリストの内田 裕子氏をモデレーターとして、全社を挙げて変革に取り組んでいる大和ハウスと富士通の CIO が、自らの経験に基づいて変革を成功に導くポイントを議論した。
変革を牽引する CIO が注目する技術とは?
パネル ディスカッションでは、大きく 3 つのポイントについて討議された。1つ目が「今、注目すべきデジタルテクノロジー」だ。デジタル トランスフォーメーションの大きな目的は、最新のデジタルテクノロジーを駆使して、新たなサービスやビジネス モデルを創出すること。実際に変革を牽引している CIO たちは、どのようなテクノロジーに注目しているのだろうか。
住宅・建設業界最大手の大和ハウスで CIO を務める加藤 恭滋氏は、自社のビジネスを大きく変革する可能性を秘めているという点で、現実の世界を仮想化する VR (仮想現実) や MR (複合現実) などの技術に注目する。
「請負による建築は、最初に 2 次元の図面でどのような建物をつくるのかを表現します。設計のプロであれば完成後の姿がイメージできますが、初めてご覧になるお客様は、図面から完成後の姿をイメージすることが難しい。こうした場面で、VR や MR の技術が役に立つと考えています」(加藤氏)
同社では、VR や MR を活用した最新ソリューションの調査を進めているが、加藤氏はマイクロソフトのヘッド マウント型 PC である「HoloLens」に意識が向かっているという。
「マイクロソフトが製品を発表した直後から関心を寄せていました。工事の工程内で、図面データと施工状況を重ね合わせることで施工ミスを削減するなどの活用方法が考えられます。検査やリフォームでも、データを基に現実の建物の壁に埋め込まれた配管などが確認できるようになれば作業が格段にスムーズになるはずです」と加藤氏は語る。
一方で、富士通で CIO を務める松本 雅義氏は AI (人工知能) に注目している。「1980 年代にも AI に大きな注目が集まったものの、膨大な情報を『学習』させる手段がなかったため頓挫しました。しかし現在では、ネットワークの発展や IoT (モノのインターネット) の進展によって、膨大な情報が手軽に入手できるようになりました。そして、『機械学習』さらには『Deep Learning』へと、自動学習も進化しました。当社の工場でも、部品ピックアップの最適順序、配置や、ボードへのデバイス実装の映像検査などに、AI が導入されています。今後 AI は、ビジネス モデルを革新し、産業構造を大きく変えていく重要なキーテクノロジーの 1 つとなるでしょう」(松本氏)。
オープンソースで開発期間を短縮
対外的なビジネスに直結するシステムでは、企画から稼働までの期間を短縮することが大きな課題となる。システムの稼働時期が遅くなることは、ビジネスの立ち上げが遅れることを意味するからだ。こうした課題の有効な解決策として、加藤氏は「OSS (オープンソース ソフトウェア)」にも注目しているという。
「最近の OSS は、開発コミュニティーが充実しているので新しい技術が早期に反映されます。OSS を活用することで、より安価でスピーディーなシステム開発が可能になります。基幹系システムでの採用には不安があるという意見も社内にはありますが、情報系システムや小規模なグループ会社ではシステムでの活用も進んでいます。当社でも、従来は OS やデータベースに大手ベンダーが開発した商用ソフトウェアを活用してきましたが、最近は OSS を採用するケースが増えつつあります」(加藤氏)
OSS は無償で入手できるので、自前でシステムを構築できるような技術力を備えた企業では安価にシステムを構築することが可能になる。ただし、この場合は商用ソフトウェアと異なり、IT ベンダーによるサポートを受けられなくなる。この点について、松本氏は次のように指摘する。
「OS やミドルウェアなど、ディファクト化が進んだ OSS は、富士通も製品への組込みも含めて、保守サポートに取り組んでいます。一方で、開発を安価かつスピーディーに実現するための、View 層などアプリケーションに近い部分への OSS 活用については、選択肢が広い。商用ソフトウェアを使うか、OSS を採用するのか、自前で構築するかといったことを、システムの特性に応じて適材適所で選択し、上手く活用することが求められると思います」
「データ駆動経営」を実現する基盤を構築
一口にデジタル トランスフォーメーションといっても、どのようなことに取り組むかは企業によって大きく異なる。そこで 2 つ目の討議ポイントとなったのが「デジタル変革の取り組みと課題」だ。両社は、どんなことに取り組み、どんな青写真を描いているのか。
「富士通では、ビジネスの状況をリアルタイムで見える化し、データに基づいて意思決定を下すデータ駆動型経営を標榜しています。ただし、経営を見える化するためには、データを 1 か所で統合的に管理しなければならず、これを実現するのは容易ではありません。現在、約 30 カ国にわたるグループ会社、約 300 社の情報を収集しています。用語の使い方もそれぞれ違い、同じ『バジェット (予算)』という言葉でも、会社によって内容が異なっていることがあります」(松本氏)
こうした課題を解決するため、同社では IT と人材の両面の整備を進めている。グループ横断で各種の業務システムからデータを統合するための BI (ビジネス インテリジェンス) サービス基盤を構築するとともに、アナリティクスチームと BI 基盤活用チームという専門組織を立ち上げた。
BI サービス基盤には、AI を活用した機能も組み込まれている。過去の実績を基に需要を予測する仕組みや、人間の問い合わせに対して様々なデータから最適な回答を提示する仕組みだ。
これらの体制で集約・分析したデータは、ダッシュボードで一覧できるようになっている。どこで何が起こっているのかを可視化し、事業や経営の判断に生かしているという。
一方、大和ハウスでは、ものづくりに関する情報を一元管理するシステムの構築を目指している。リードタイムを短縮することが大きな狙いだという。
加藤氏は「建築業におけるものづくりの工程は、機械系のメーカーとは大きく異なります。機械系のメーカーの場合、設計段階から部品を選定し、調達することができます。これに対して、建築業ではものづくりにおける情報加工の終わりの方の工程で部材が決定します。この段階にならないと部材を調達できないので、どうしてもリードタイムが長くなってしまうのです」と指摘する一方で、顧客との相談の段階でも部材を決めることが可能になると考えている。
「営業担当者がお客様と商談している段階で、どのような部材を使うのかといった話をしているはずです。こうした情報を含めて、建築する家ごとの情報を一気通貫で管理すれば、工程をまたがって情報を連携させることが可能になります。工程間の時間が短くなるので、リードタイムを削減できます。こうしたシステムが完成すれば、現状よりも 3 割くらいは生産性を上げられると考えています」(加藤氏)
働き方改革に向けて Office 365 を導入
こうした取り組みに加えて、両社ともにデジタル トランスフォーメーションの一環として「Office 365」を活用した働き方改革にも取り組んでいる。
主戦場が建築現場や顧客宅などである大和ハウスにとって、コミュニケーション改革を極めて重要な課題だと捉えているという。そのため、早い時期から社外でも情報を共有できる環境を整備してきたが、うまく活用できなかったという苦い経験を持つ。
同社では、社員や協力会社の間で情報を共有することを目的として、2004 年に1 人 1 台のノート PC を導入。PHS による通信での社内システム活用を目指したが、レスポンスの問題もあり、それを使いこなすことができなかったのだ。その後、ネットワークの改善で使えるようにはなったものの、個人情報保護法のために再び社外での活用が停滞したのだという。
こうした状況を改善したのが、iPad などのタブレット端末であるが、今後は社外で働く社員も、タブレット端末で Office 365 を活用し、より高度な情報活用やコミュニケーション環境を実現したいと考えている。
「Office 365 によって、営業や設計、製造、建設現場、アフター サービスなどで情報やナレッジを共有することが可能になり、業務品質が向上するとともに、お客様や協力会社を含めたステークホルダー (利害関係者) 全体が、最新の情報に基づいて仕事を進められるようにしたいと考えています」(加藤氏)
一方、富士通では 2010 年から社内におけるコミュニケーション基盤の統一化を手がけている。2014 年には海外を含めたグループ企業の約 500 社、16 万人の社員が利用する基盤の統一化を完了。この基盤に Office 365 を全面採用した。松本氏は次のように語る。
「コミュニケーション基盤を統一した理由は、組織や国境を越えたコラボレーションを加速するため。富士通ならではの差別化を発揮するには、現場の『ナレッジ (知)』を共有し、顧客起点で新たなビジネスを創造することが必須になります。これを実現するためには、グローバルで標準化されたコミュニケーション基盤が必要なのです」
CIO は新たな役割を担うことに
最後の 3 つ目の討議ポイントが「変革に向けた CIO と情報システム部門の役割と課題」だ。伝統的なエンタープライズ システムと比べて、デジタル トランスフォーメーションで導入するシステムではビジネスと深く融合した仕組みが必要とされる。システムの構築を担う CIO や IT 部門の役割は、どのように変わってくるのか。
加藤氏は、CIO や IT 部門には「目利き力」が求められるようになると指摘する。
「事業の現場が新たなサービスやビジネスを企画している際に、『このテクノロジーが利くよ』と提案することが我々の大切な役割だと考えています。ビジネスをよく理解した上で、それに有効なテクノロジーを峻別するような目利き力が必要です」
ただし、どのような企業でも、ビジネスとテクノロジーの両方に精通した人材はそうはいない。加藤氏は「こうした人材を育成することが、CIO である私に求められる最も大切な仕事かもしれません」と語る。
松本氏もこれに賛同する。IT 部門に限らず、最新のデジタルテクノロジーを活用したサービスやビジネスを企画できる人材育成に全社的に取り組むことが必要だと訴える。
「全く新しいサービスやビジネスを企画する際には、様々な部署の連携が求められます。この交通整理も、CIO の役割の 1 つになるかもしれません。こうしたコントロールは必要ですが、何よりも重要なことは変革に向けた動きにブレーキをかけてはいけないということです」(松本氏)
これを受け、経済ジャーナリストの内田 裕子氏は「デジタルテクノロジーにより、価値観は多様化し、ビジネス環境も大きく変化しています。かつて産業革命で社会が様変わりしたように、IoT、ビッグ データ、クラウド、AI をはじめとしたコンピュータの進化は、様々な産業を再定義しようとしています。両社の取り組みは、テクノロジーの進化を企業の持続的な成長へどう活用すべきかと悩む多くの企業にとって大変参考になったのではないでしょうか」とまとめ、セッションを閉じた。
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