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デザイン思考による “よそ者” の視点が既成概念を崩し、企業変革を成功に導く~有識者による誌上講義 – 第 6 回 澤谷 由里子氏

第 6 回 澤谷 由里子氏

既存のプロセスや既成概念が、デジタル トランスフォーメーションの障壁となっている。これらにとらわれないイマジネーションなくして、変革を成功に導くことは不可能だろう。しかし、成熟した企業・組織では価値観が均質化しているため、これまでにない発想を創出することは難しい。こうした課題の解決策の 1 つがデザイン思考だ。それを活用し、変革に意欲的に取り組もうとする若手社員の意見を取り入れるような企業風土をつくるにはどうすれば良いのか。

名古屋商科大学大学院ビジネス スクール
アントレセンター Director
教授 博士 (学術)
澤谷 由里子氏


プロフィール
東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻修士課程修了、東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系博士後期課程修了、学術博士。

株式会社日本アイ・ビー・エム入社。情報技術の研究開発、サービス研究に従事。科学技術振興機構サービス科学プログラム (S3FIRE) フェロー、早稲田大学教授などを経て、18 年 4 月より現職。「経済産業省産業構造審議会地域経済産業分科会」委員、「攻めの IT 投資評価指標策定委員会」委員等。

早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員上級研究員、INFORMS Service Science および情報処理学会の編集委員を兼務。早稲田大学、中央大学等において非常勤講師を務める。近著に『Global Perspectives on Service Science: Japan』(共編著、米 Springer 刊) がある

■既成概念がデジタル トランスフォーメーションの成功を阻む

先日、法務省の「登記ねっと」(登記オンライン申請システム) を利用しようと思ったら、システムが稼働していないということがありました。調べてみると、利用時間が平日の 8 時 30 分から 21 時までとなっています。オンラインの申請システムに営業時間があるということを知り、とても驚きました。

ビジネス パーソンの多くは、平日の昼間は登記所へ行けません。こうした人たちに対する利便性を上げるためにオンラインのサービスを提供しているのでしょうから、休日や深夜にもシステムを動かすべきです。おそらく、何らかの問題が起こった場合に人手を介すようなプロセスが必要だからなのでしょうが、これでは中途半端です。「お役所仕事」と揶揄する方もいるかもしれませんが、多くの企業にとって他人事ではありません。

現在、「デジタル トランスフォーメーション」という名の下で、世界中の企業が IoT (モノのインターネット) や AI (人工知能) などの最新テクノロジーをビジネスの中に取り入れようとしています。ただし、膨大な投資を行ったにもかかわらず、それに見合った成果が出ていないケースも少なくないようです。

それには理由があります。デジタル トランスフォーメーションには、これまでの IT 投資とは異なる発想が必要となるからです。従来の IT 投資は、人手に頼っていたプロセスを IT に置き換えて自動化・省力化することに主眼が置かれていました。冒頭の登記ねっとのように、窓口で書類を提出する作業を効率化したのです。しかしデジタル トランスフォーメーションでは、その名の通りに変革をもたらすことが何より大切です。最新のテクノロジーを駆使して、過去には想像もできなかったような製品・サービスやビジネス プロセス、ビジネス モデルを創出することがその本質なのです。単に自動化・省力化のために既存プロセスを IT で置き換えるだけの中途半端なシステムを作っても、変革はできません。いままでの仕事の仕方、つまりビジネス プロセスや組織を変革することが重要です。

■既成概念にとらわれない想像力が成功の鍵に

デジタル トランスフォーメーションを成功させるには、既成概念にとらわれないイマジネーション (想像力) が必要です。どれだけテクノロジーに関する知見を備えていても、新しい製品・サービスやビジネス モデルに対する想像力が欠如していては、成功に導くことは難しいでしょう。実は、ここが最も高いハードルかもしれません。というのも、日常の仕事あるいは組織の中では、どうしても既成概念にとらわれてしまい新たな視点が持ちにくいからです。

組織の中で仕事をしていると、参加者の価値観や考え方はホモジニアス (均質化) になる傾向にあります。これでは、なかなか既存のビジネスの枠組みを超えるようなアイデアは創出できません。たとえ、個人レベルで革新的なアイデアを思いついたとしても、それを事業化することは難しいのが現実です。上司、さらには予算を付けてくれる経営層にも、そのアイデアの革新性を腹落ちしてもらわなければいけないからです。ホモジニアスな組織の中では、このハードルを乗り越えることは極めて困難です。

こうした状況から脱却するためには、多種多様な価値観をもった人たちとのコミュニケーションやコラボレーションを行うことが必要です。しかし、少子高齢化で労働力不足が叫ばれている現在、どこの企業でも目の前の仕事に手一杯で、こうした余裕はないでしょう。企業によっては、外部の交流会や勉強会への参加を禁じているというケースもあります。

これらの課題を解決するのが、イノベーションを創出する手法として注目されているデザイン思考です。デザイン思考は、製品やサービスをユーザーや顧客視点で見直し共感することによって、問題を発見します。つまり、「問題をいかに解決するか」という課題解決型のアプローチとは異なり、「どこに問題があるのか」「なぜ問題なのか」を探究する課題発見型のアプローチをとることが大きな特徴です。課題がはっきりとしていないような複雑で曖昧なテーマを扱うのに適した手法です。

デジタル トランスフォーメーションにはお手本がありません。既存の仕事の延長戦上にないことに取り組むことになるので、課題解決型よりも課題発見型のアプローチが適しています。

■デザイン思考で真の課題を浮かび上がらせる

デザイン思考では、まず課題を発見するために実際に製品やサービスを使っている現場を観察することから手がけます。この際に、社内の人だけではなく多種多様な価値観を持った顧客やステークホルダーに参加してもらいます。エスノグラフィーと呼ばれる手法では、様々な立ち位置から製品・サービスが使われている場面を見ることによって、作り手では想像もつかなかったような課題を発見することが可能になります。

次に、この課題を解決したプロトタイプ (試作品) を作り、これを使っている現場を観察し、新たな課題を浮かび上がらせ、再びプロトタイプを作ります。これを繰り返していくことで、作り手側も使い手側も気づいていないような真の課題に近づいていくわけです。プロトタイピングを繰り返すプロセスはアジャイル開発と同じなので、デジタル トランスフォーメーションに関するシステム作りと親和性があります。

課題を見いだす際には、既成概念を疑う「よそ者思考」が大切です。例えば、通勤電車が慢性的に混雑しているという課題に対峙したと想定しましょう。普通なら電車の本数を増やす、あるいは車両を 2 階建てにして乗員数を増やすといった解決策を思い浮かべるでしょう。ここで発想を変えて「決まった時間に会社に通勤する」という行動をなくしてしまったら、どうでしょう。国を挙げて在宅勤務やテレワークを推進すれば、通勤電車の混雑が大きく緩和されるはずです。

「通勤はなくならない」という既成概念から抜け出さなければ、こうした発想は出てきません。組織のインサイダーでは発想できないような「よそ者思考」がイノベーションにつながるのです。こうした発想方法を社内に根付かせるためには外部の組織との協業、つまりオープン イノベーションに取り組むことが必要です。

■変革意識を柔軟に採り入れる組織づくりが必要

デザインは、もともと意匠のデザイン、インダストリアル デザインとして発展してきましたが、UI (ユーザー・インターフェイス) や UX (ユーザー・エクスペリエンス) をデザインするための手法として進化してきました。現在では、デザイナーの思考法を他の分野の人々が活用するために発展したデザイン思考が注目され、経営戦略や企業ビジョン、公共政策など多岐にわたる分野で活用されています。欧米では早くからビジネスにおけるデザインの重要性が認識されており、CDO (最高デザイン責任者) という役職を設置している企業も少なくありません。

日本の企業でも、デザイナーが経営の根幹に関わるケースが増えています。この好例が、家計簿アプリで著名なマネーフォワードです。同社は、過去に 10 項目に及ぶ行動指針を掲げていましたが、若手の女性デザイナーから「あまりにも多岐にわたり、厳格すぎるのではないか」という声が出たそうです。そこで、このデザイナーが中心となって、「ユーザー フォーカス」「テクノロジー・ドリブン」「フェアネス」というシンプルで分かりやすい 3 つの行動指針に作り直しました。同社には現在、デザイン戦略室という組織があり、企業ビジョンや経営戦略を具体的なサービスに落とし込むという役割を担っています。

ただし、デザイン思考という手法を導入すれば、すぐに変革が起こるというわけではありません。マネーフォワードのように、経営層が決めたことに対しても忌憚のない意見が言えて、経営層もそれを柔軟に受け入れるというような風土がなければ、変革には結びつかないでしょう。

経営環境の変化とテクノロジーの進化のスピードが一段と速くなった現在、どのような企業でも変わり続けていかなければ勝ち残ることはできません。幸いにも、現在の若手社員には「リスクを取ってでも新しいことにチャレンジしたい」という強い思いを持った人材が多くなっています。そうした社員の意見や意欲を採り入れる風土や仕組みをつくることが変革を成功に導く秘訣です。まずは経営層が、こうしたことを認識して、意識を変えていくことが重要です。

今回の講義のまとめ

  • 既成概念や既存のプロセスが、企業変革の障壁に
  • イマジネーションがデジタル トランスフォーメーションを成功に導く鍵になる
  • デザイン思考を活用して顧客や従業員に共感し真の課題を浮き彫りにする

関連リンク

»「デジタル技術で次世代の経営はこう変わる! 有識者による誌上講義」トップ ページに戻る
» 第 5 回 林 雅之氏「デジタル化を支えるシステムや組織は、明確なビジョンを描くことなくして成功なし」
» 第 7 回 勝 眞一郎氏「変わり続けること」がビジネスの前提条件。経営層自らデジタルに挑み、変化を牽引せよ

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