デジタル技術を駆使した現場改善の積み重ねが大きな変革に結びつく~有識者による誌上講義 – 第 8 回 森川 博之氏
第 8 回 森川 博之氏
デジタル トランスフォーメーションと聞くと、欧米の先進企業や財務的に優れる大企業が取り組むものだというイメージを持つ人も少なくない。しかしデジタル トランスフォーメーションは、日本企業、特に中堅・中小企業や地方企業にこそ、大きなチャンスがある。なぜ日本企業に大きなチャンスがあるのか、またそのチャンスをつかむためのポイントはどこにあるのだろうか。
プロフィール
1987 年東京大学工学部電子工学科卒業。1992 年同大学院博士課程修了。工学博士。モノのインターネット/M2M/ビッグ データ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事。
OECD デジタル経済政策委員会 (CDEP) 副議長、新世代 IoT/M2M コンソーシアム会長等。電子情報通信学会論文賞 3 回、情報処理学会論文賞、ドコモモバイルサイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞など受賞。総務省情報通信審議会委員、国土交通省研究開発審議会委員などを務める。
■中小企業や地方企業に大きなチャンスを生みだすデジタル トランスフォーメーション
デジタル トランスフォーメーションというと、従来の IT 投資とは全く異なる取り組みを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、デジタル トランスフォーメーションと称されている取り組みの多くが、「ユビキタス」というキーワードが喧伝された 2000 年代初頭に、既に想定されていたものです。IoT (モノのインターネット) やクラウドなどの最新テクノロジを活用した取り組みも、莫大な費用をつぎ込めば、当時でも実現が可能でした。裏を返せば、そうしたシステムを現在では安価に実現できるようになったということです。これが何を意味するのでしょうか。
デジタル トランスフォーメーションというと、財務的に優れた大企業が取り組むものだというイメージをお持ちの方が多いかもしれません。私は現時点で IT 化やデジタル化がそれほど進んでいない、中堅・中小企業にこそ大きなチャンスがあると考えています。わずかな投資でも大きな伸びしろがあるからです。なかでも、都市部ではなく地方に本社を置いているような企業の動向に注目しています。というのも、地方は経済圏がコンパクトにまとまっているので多種多様な業種の企業間で協業が進みやすいからです。
現在、大手の IT ベンダーは、デジタル トランスフォーメーションの本格化に備えてエコシステムの形成を急いでいます。業種や業務機能ごとに、その領域のビジネスを得意としている企業が協業できる場を用意して自社のテクノロジの普及に努めているのです。これは、デジタル トランスフォーメーションには、さまざまな領域の知見が必要になるからにほかなりません。地方の場合は、地場の有力企業の経営者が顔見知りであることが多く、協業が進む下地が整っています。つまり、IT ベンダーに促されるまでもなく、すでにデジタル トランスフォーメーションに向けたエコシステムが形成されているといっても過言ではありません。地方のエコシステムが地元の企業のためにシステムを開発するような地産地消型のデジタル トランスフォーメーションが実現できるのではないかと考えています。
例えば、ある地方で家に関する総合メンテナンス サービスを展開するとします。地方なら、建築業者、電気業者、塗装業者、水道業者、造園業者が知り合いであることも多く、きめ細かなサービスを行うことも可能です。要はアイデア次第なのです。
幸いにも、どの地方にも国立大学や高等専門学校があるので、工学系の知識に精通した人材を集めることも可能です。こうした人材がデジタル トランスフォーメーションに向けたベンチャーを地元で起業すれば、地方でお金が流れる仕組みができ上がります。地方企業が成長するためには、今やデジタル技術の活用は欠かせません。このような動きが全国に広がっていけば、国を挙げての課題となっている地方創生につながると確信しています。地方自治体や地方銀行が、こうした動きの旗振り役になるのが良いと考えています。地元の企業が成長すれば、税収や収益の向上につながりますから。
■「デジタル トランスフォーメーションの墓場」を作らないためには?
現在、大手企業の多くがデジタル トランスフォーメーションの PoC (Proof Of Concept: プロトタイプの前段階の概念実証) に取り組み始めています。ただし、目覚ましい成果が出たという企業は極めて少ないのが現実です。大半の企業では、PoC は実施したものの実用化には至っていません。これは日本だけでなく、欧米でも同じような状況です。「世界中で PoC がデジタル トランスフォーメーションの墓場になっている」。口の悪い方は、このように揶揄しています。
多くの PoC で成果が出ないことには理由があります。それは、業務をデジタル化すること自体が目的になってしまっているからです。営利企業の最終的な目標は、お金を儲けること。デジタル化は手段でしかありません。中長期的な視点で、顧客に対してどのような価値を提供できるかを見極めるのが PoC の目的のはずです。にもかかわらず、多くの企業が短期的な視点で費用対効果が得られないと判断しているのが現実です。
大きな変革で成果を上げるには、時間がかかります。顧客、すなわち市場が変革を受け入れてくれるまでには大きなタイムラグがあるからです。例えば、第 2 次産業革命を考えてみてください。この時、電動機関が蒸気機関に取って代わりましたが、社会の中に広く普及するまでには 30 ~ 40 年の時間を要しました。デジタル化が広まりつつある現在を第 4 次産業革命と位置付ける人も多くなっていますが、世の中の多くの企業が恩恵を受けるようになるまでには 10 年単位での時間が必要になるでしょう。新しい商品やサービスを提供する企業側、そしてそれを利用する顧客側の双方が新しい価値を認識するまでには長い時間がかかります。新しい価値が創出されれば、お金の流れも変わってきます。そうした社会構造の変化を見極めようとする視点を持たなければいけないのです。短期的な費用対効果だけで PoC の成否を判断してはいけません。
■「現場力×デジタル」が日本企業の強み
現在、デジタル トランスフォーメーションを実現するために活用されるテクノロジの大半が海外の IT ベンダーで開発されたものです。このため、欧米に比べて日本企業がデジタル トランスフォーメーションで後れをとるのではないかと懸念されている方も多いでしょう。しかし、私は日本企業には欧米企業にはない強みがあると考えています。それは製造業を中心として長年の間に培ってきた現場力です。
デジタル テクノロジを駆使した変革を成功に導くには大きく 2 つのアプローチがあります。1 つは、過去に類を見ないようなビジネス モデルを創出すること。もう 1 つが、現場改善の積み重ねで、それが後から振り返ると変革と呼べるような大きな変化につながっていたといったアプローチです。前者はデジタル トランスフォーメーションを取り上げた記事の多くで指摘されているアプローチですが、これを実現できる企業はほんの一握りでしょう。ですから、後者のアプローチが多くの日本企業にとってのデジタル化の意義ではないかと考えています。
現場改善は日本企業が得意としている領域です。その取り組みをデジタル技術でエンパワーするのですから、これまでよりも改善のスピードや効果は大きくなるはずです。こうした改善の領域におけるデジタル トランスフォーメーションであれば、日本企業が欧米企業に劣ることはないでしょう。
■「カタリスト」がデジタル化の鍵を握る
現場主導のデジタル化を成功させるためには、多様な価値観を持った人材同士のコラボレーションが大切です。現場で生まれた新たなアイデアを融合させることが、革新的な取り組みに結びつく可能性があるからです。こうした動きを加速させるような役割を担う人材、言い換えるとダイバー シティを促進するような人材を組織的に設置することも有効でしょう。近年、一部の IT 系企業で設置されている「カタリスト」(「触媒」の意) という職種です。必ずしもカタリスト自身が特定の専門分野の知識にたけている必要はありません。さまざまな分野の専門家から生まれたアイデアを融合させることがカタリストの役割です。こうした人材が文字通り、触媒となって現場発のアイデアを具現化していけばデジタル化を成功させる可能性が大きく高まります。
先ほども申し上げた通り、IoT をはじめとしたデジタル化は日本企業が持つ現場の強みを存分に活かせる分野です。デジタル化は、地道な作業の連続、つまりデジタルを使った現場の「カイゼン」がモノを言います。さらに 5 年、10 年と掛けて、粘り強く続ける必要もあります。経営層と現場が一体となって、デジタル化を推進していけば、必ずや中堅・中小企業、地方企業をはじめとした日本企業が大きな果実を手にする日が来るはずです。
今回の講義のまとめ
- 中小企業や地方企業こそ、デジタル トランスフォーメーションに取り組むべき
- 現場改善をデジタル化すれば日本企業に勝機が生まれる
- デジタル化を成功に導くには、現場の意識改革が不可欠
関連リンク
»「デジタル技術で次世代の経営はこう変わる! 有識者による誌上講義」トップ ページに戻る
» 第 7 回 勝 眞一郎氏「『変わり続けること』がビジネスの前提条件。経営層自らデジタルに挑み、変化を牽引せよ。」
» 第 9 回 都築 冨士男氏「苦境に立つ日本の農業もデジタル技術で再建できる」
※本情報の内容 (添付文書、リンク先などを含む) は、作成日時点でのものであり、予告なく変更される場合があります。