【インタビュー】なぜマインドフルネスなのか、組織への適用事例~禅の教えを通じて、自分自身・組織・ビジネスのあり方を問い直す~
※ この記事は 2017年05月19日に DX LEADERS に掲載されたものです。
「マインドフルネスは最近本屋でも様々な本が並んでいますが、エリートになる、生産性を上げる、クリエイティビティを引き出す…といったあれもほしい、これもほしいという動機で手を出すと、ゆがんだものになる危険があります」と警鐘を鳴らすのは、株式会社ENSOU代表の小森谷浩志氏。
小森谷氏は、東洋思想を根底とした組織開発の実践家。東洋思想・プロセス哲学・ポジティブ心理学を援用した“協奏する組織”を提唱。製造業・金融業・行政機関など特にミドルマネジャーを中核とした、人と組織の才能と可能性の開花を支援している。
求めすぎず、ただ落ち着いて坐るだけ、「いま、ここ」への集中力を高める
マインドフルネスは、アメリカのシリコンバレーのIT企業で2000年代後半ごろから取り入れられたのをきっかけに、日本においても数々の書籍が出版されている。Apple創業者である故スティーブ・ジョブズ氏は、マインドフルネスの源流である仏教に惹かれ、福井県の永平寺に出家することを真剣に考えたこともあったという。
マインドフルネスとは、もとは仏教をルーツとしており、呼吸や瞑想を通して心の落ち着きを取り戻し、「いま、ここ」への集中力を高めるトレーニングである。
慢性疼痛をはじめ、喘息・糖尿病などの身体的な病状の改善や、不安・不眠など精神的に困難な状況の改善などの医学的な効用もあると言われている。また、脳科学的にも記憶をつかさどる海馬の増大や、思いやり・慈悲を担う側頭頭頂接合部の活性化、闘争・逃走反応を持つ扁桃体の灰白質の減少など効能が認められている。(瞑想と脳の関連性をMRIによって調査を進めている代表的研究者、サラ・カイザー博士による)
「効能としては、医学的にも脳科学的にも認められていますが、マインドフルネスの出自となる仏教の認識について理解したうえでマインドフルネスを取り入れたほうが良いと考えています。そもそも、人が生きている限り持つ苦や迷いの原因は、これがほしい・あればほしいといった”渇愛”。つまり喉が渇いた人が水を求めるような強い執着、欲望にある、と仏教では説いています。そのため、”生産性を上げたいから” “エリートになりたいから”という欲望からマインドフルネスに手を出すと、さらに苦や迷いを引き起こしかねないのです。」(小森谷氏)
”渇愛”による苦と迷いについては以下のように例えられる。
大事な商談がある。商談を成功させるための準備も十分行った。しかし、商談の席に入る前に、想定外のことが起こり(家族や、仕事上の思いもよらないトラブルなど)、思うようにことが運ばず、商談がうまくいかなかった。
こういった想定外のことが起こったときに「商談を成功させないといけない」と思うことが”渇愛”と言える。”渇愛”を持ったまま、落ち着こうと呼吸をしてもあまりうまくはいかない。呼吸は浅く、速くなり焦りを生むだけになる。想定外のことが起こったときに、早く自分自身を取り戻すためにも、「いま、ここ」に意識を向ける。自分自身の心や体の状態や、呼吸の状態を見直すことで、少しでも自分自身を取り戻すことはできるのではないだろうか。
瞑想は、何かを期待して行うものではないというのだ。では、どのように瞑想に取り掛かればよいのか。
「求めすぎず、ただ落ち着いて坐るだけでよいのです。」(小森谷氏)
椅子にかけたままの坐禅の行い方の例は、
1. まっすぐに坐る
椅子に浅く腰掛け、まっすぐ(頭のてっぺんから尾骶骨(びていこつ)までが一直線になった状態)で坐ります。足は膝を直角に曲げ、足の裏をしっかりと床に着けます。
2. 手を組み合わせる
右手の上に左手を乗せて、両手で卵型をつくるイメージで、左右の親指を軽くつけます。そのままお腹の前あたりに手を置きます。
3. 目線を斜め下に落とす
目はつぶらずに、半分ほど閉じて、約1.5メートル先の床を見て、半眼にする
4. 深く丹田呼吸をする
まず、口から大きく息を吐きます。息を吐ききると、自然に息が入ってきます。これを3回ほど繰り返します。その後軽く口を閉じ、鼻で深呼吸を続けます。臍の75ミリくらい下の位置にある丹田に意識を集中します。最初に吐くときは体の邪気を吐き出すイメージで、息を吸うときも、丹田まで落とすように意識します。
小森谷氏はこうつけ加える。
「現代社会では、目、手、足など体を酷使しています。一旦全部やめてみる。さらに、姿勢を正し、ゆっくりと呼吸をする。3回ほど深呼吸するだけでも不思議と心は落ち着いてくるものなのです。」(小森谷氏)
現代社会はスピードが速く、情報過多である。この数十年でビジネスや科学技術、ITは進化し、競争は激しくなった。多くのビジネスパーソンは、途方もないプレッシャーに直面しているのではないだろうか。困難な課題を克服するために熟考する時間が足りないにも関わらず、ヒトはたくさんのことを評価・判断しなければならない。その中で、落ち着いて坐り「いま、ここ」に集中することで外の世界で起こっているプレッシャーを取り除き、脳を完全にリラックスさせる。世界の先進的なリーダーたちは、外の世界の目まぐるしさと自分の心のバランスを保つためにマインドフルネスという手段を選び、日々実践しているといえるであろう。
組織のあり方を見直し、「何のために」を問い続ける
マインドフルネスの思想は、組織においても適用できる。
小森谷氏は、元ソニー上席常務である天外伺朗氏が委員長を務める、ホワイト企業大賞企画委員会のメンバーである。ホワイト企業とは、「社員の幸せ、働きがい、そして社会貢献を大切にする」企業である。
ホワイト企業大賞は2017年で第3回目を迎えた。過去の大賞受賞企業は、残業ゼロ、ホウレンソウ禁止という制度でメディアでも話題になった未来工業株式会社、顧客満足度が高く、ファンも多いネッツトヨタ南国株式会社などとなっている。
「こういったホワイト企業の因子分析をしたときに、共通の因子あることが分かりました。
いきいき因子―自分らしく、喜びや誇りを持ち、充実している
すくすく因子―やってみようというチャレンジ精神と成長が実感できる
のびのび因子―足りないものを追い求めすぎず、今あるものでありがとうと言える
経営は、利潤を追求しがちではありますが、自分は、自分たちの会社は何をするべきなのか、何のために存在するのか、と問い続けることが大切なのです。次から次へとメソッドを入れるというよりは、問い続けること。正解がすぐに出るものではないですが、それでも問い続けることが大事なのです。」(小森谷氏)
自分たちの在り方を問い続けた結果、これまでと全く違う経営方針に切り替えた企業もある。2016年度ホワイト企業大賞で特別賞を受賞した、千葉県の酒造 寺田本家は20年ほど前までは原材料費を削減して、添加物も多い日本酒造りをしていた。しかし、23代目寺田啓佐氏は、自身の病気体験の中で反自然物や不調和の積み重ねが心身のバランスを崩し、病気にもなっていることに気づく。自分たちの酒はヒトの役に立っているか、と問い直した結果、百薬の長となるような酒造りを目指し、無農薬・玄米、すべて手作業での酒造りに切り替えたという。
寺田啓佐氏は著書でこう語っている。
利潤だけを追求していた今までの販売姿勢を捨てた私は、競争をしないこと、商売を大きくしないこと、儲けないことを念頭に、ただ売ってほしいという人たちに酒を届けることに徹していた。経済の進歩発展の源は競争であるということが常識なのはわかっていたが、もう私はその常識に従って仕事をしようとは思わなかった。
引用元:『発酵道 酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方』寺田啓佐(河出書房新社)
寺田氏は、自らの病気経験について見つめなおし、あり方を考え直すに至った。このような形で、自身の心の状態や体の状態を正直に見つめなおし、あり方を問い直すこともマインドフルネスの大事な要素といえる。
時には弱点もさらけ出して、いきいきと働く
組織の状態を見つめなおし、組織が活性化した例も紹介する。
「その企業様は、顧客志向になるための方法を課題とされていました。最初に幹部社員の会議の方法を変えました。会議では通常、進捗報告や、ベストプラクティスの共有などがあると思いますが、そうではなく、今悩んでいることや障害になっていることを共有する会にしました。内容は、部下が言うことを聞かない、ここの仕事がうまくいかないなどありがちな事例が語られるわけですが…そうすることで、組織として変化が生まれてきたのです。」(小森谷氏)
この組織は、このような悩みを共有する会議をすることにより、縦割りが緩くなり、お互いにフォローしあえる環境が生まれた。さらに、もともとの課題であった顧客志向になるための方法を深い本質レベルで話し合うに至ったそうだ。
この事例では、最初から「顧客志向になるための方法」を問うたとしても、声が大きい意見に引っ張られる可能性が高かった。縦割りでお互いが干渉しない関係性の中では起こりがちな事例だ。しかし、自分自身の悩みや弱点をさらけだし、自分自身で仕事・組織の本来の目的を改めて見直すことで、主体的にいきいきと「顧客志向」を実現できた。
大量消費・大量生産・大量広告、モノや情報が溢れる世の中で、ヒトよりも、他社よりも早く、多くの成果を出していきたい。現代はそういった渇愛に満ち溢れているのでないだろうか。ただ、ほんの少し、自身の渇愛や執着を切り離して、坐る。姿勢を整えて、意識して呼吸をして心を整える時間を持ってみるのはいかがだろう。
自身や、自分たちのあり方を問い直す時間を持つこと、悩みをさらけ出せる場を作ることで、新たな価値を見つけられるのかもしれない。
<参考・参照元>
『生きるのがラクになる椅子坐禅 今日から始める禅的朝活』枡野俊明(小学館)
取材・文:池田 優里