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【インタビュー】オリンピック選手のメンタルコーチに聞く! ビジネスをスピードアップする組織のつくりかた

※ この記事は 2017年06月27日に DX LEADERS に掲載されたものです。

ここ数年、ビジネスのスピードが格段に増している。その中で、日本の企業はスピード感がないと言われている。仕事の時短術、タスク整理術などのノウハウは出回っているが、企業として意思決定のスピードをより早く、より確実なものにするにはどうすればよいのか……、というのは先進的なリーダーたちの悩みなのではないだろうか。

今回は、2016年6月まで日本電産サンキョー株式会社スケート部のメンタルコーチとして、3回冬季オリンピックに参加する一方、ビジネスにおいてはエグゼクティブコーチの創成期からエグゼクティブコーチとして活動をされている松下 信武氏に話を伺った。

トップは常に正解を与えるものではなく、現場に考えさせる組織を作る

エグゼクティブコーチ 松下 信武氏

「智弁和歌山の甲子園最多勝監督である高嶋監督は、選手に考えさせる。現場を知っている選手が考えないとゲームが成り立たないから、だそうです。監督の役割は、現場が見えないものをベンチで見る。現場で気づかないことを伝えますが、基本的には現場で考えることを徹底しています。
また、高嶋監督はあまりサインを出しません。サインを出すと、現場は監督を頼ってしまい、考えなくなってしまうからだそうです。」

これは、ビジネスの現場でも応用できることだ。トップダウンとは、現場が見えないものを伝えることで、現場が欠けている視点を補うように伝えること。正解を与えすぎず、現場に考えさせることが必要である。

さらに、高嶋監督は「決勝戦で勝つことだけを考える」とも言っているそうだ。これは最大のコミットメントになりうる。勝つイメージを持つこと、途中経過で勝つことをイメージすることも大事だろうが、最終的に勝ちたい局面をイメージすると、体も脳もおのずとついてくる。

トップと現場双方と信頼関係を築き、本音を引き出し、本音を伝える

「一人ひとりが考える組織」とはどのような組織なのか。
松下氏は、かつてエグゼクティブコーチングを担当したクライアント(以下Aさん)と関わる中で、一人ひとりが考える組織について気づかされたそうだ。

「ある伝統的な日本企業の、当時はNo.3くらいの方でした。経営企画の仕事をされていて、成果をあげられたので、経営企画と財務企画、広報、IR…このような仕事を全部統括するようになったそうです。ボードメンバーの中でも重要なメンバーで若手だった。Aさんは、“私は情報ハブをしている”と言いました。」(松下氏)

ITの世界で使われる“情報ハブ”とは、ネットワークの世界において多くの情報が集まり、発信されるような国際的な通信拠点の意である。
松下氏が定義する企業における情報ハブとは、“組織内外のキーパーソンと信頼関係を構築し、有効な情報を収集整理し、組織内の上下左右の部署のキーパーソンに必要な情報を伝えることで、組織活動をより有効(=組織活動のスピードを上げる)にする働きをする人のこと”である。

「Aさんの企業は従来のビジネスモデルが崩れてしまった。代理店がしっかりして、親会社はどっしり構えていればお金が稼げていたが、流通経路も変わり、今までの収益モデルを変えざるを得なくなったんです。」(松下氏)

現在は、ものすごい勢いでビジネスが変化している。一例としてモノの買い替えサイクルが大きく変わった。昔はTVを買うと10年くらい使用していたが、今のスマートフォンは、2~3年で機種を変えるという人も多い。流通経路も変わり、以前は代理店がモノを売っていたが、今はインターネット経由など販路も変化してきている。
こういった時代の流れ、ニーズ、スピード感に応えていくため、Aさんは会社を説得し、柔軟に事業を変えていく挑戦を行ったのだそうだ。
そのために、様々な情報を集めて、発信していくという機能を自らが買って出たという。発信していくといっても、単なる広報機能ではなく、トップと現場双方の本音を引き出した。

情報ハブは、情報を集めた後、現場の情報を上に伝える役目がある。しかも、現場の本音を伝えないとトップは判断を間違える可能性もある。

ただ、経営トップのことを理解せずに、現場の本音だけをぶつけてしまうと批判のようにも聞こえてしまうだろう。トップの本音も理解したうえで、情報ハブは「こういうところが誤解されているようです」「ここは賛成のようです」などを伝える必要がある。逆に、経営者の本音の考え方を現場に伝える役割もある。

情報ハブの役割が機能してくると、経営側は現場の考えを汲んだ決定ができるようになる。経営側の決定も誤解なく、本音ベースで現場に伝わり、現場が動きやすくなる。経営と現場が本当の意味での信頼関係を築くことができれば、現場は主体的に働くことができ、おのずとスピード感を持つ仕事につながっていく。

松下氏は、Aさんとの関わりで培ったこの気付きを心理学の要素も踏まえながら、様々な現場や勉強会などで伝えている。情報ハブという役割を知り、自身の企業で実践している方も多くいる。

「愛」と「プロフェッショナリズム」が人を変える

Aさんは、情報ハブという肩書を付けてもらったというわけではないという。
「Aさんはこう言っていました。“情報ハブは、自分自身についている役割のようなもの。私は、会社がとても好きで、実は子どもの頃から思い入れがある。変革は痛みを伴うものあるとわかっているけど、会社は家族のようなものだと思ったので、何とかして守りたい。という思いでいました。これからもそうありたい。」
会社が家族、というのは日本的な考え方に近い。古いと感じられる方も多いかもしれないが、ここで興味深い理論がある。
ハーバード大学のブライアン・R・リトル氏が提唱している自由特性理論というのがある。もともと、人は生まれ持った特性として外交的・内向的など傾向を持っているが、必要な時は自分の反対の役割を演じることができる、という理論だ。人が自由特性に導かれた行動をとるために「愛」と「プロフェッショナリズム」が重要であると言われている。

たとえば、ビジネスパーソンとしては気難しい人物で協調性が低い人物であったとしても、父親としてはとても優しく、子どもと協力して家の手伝いをし、日曜大工にも興じるといったことだ。ビジネスパーソンとしての人物像も、父親としての人物像も、本人としては意識して切り替えているわけではなく、自然にその役割に入ってしまうケースもあるのではないか。
Aさんは、会社を家族のように感じていた。つまりは、会社に対する愛情を持っている。そして、ボードメンバーとしてのプロフェッショナリズムも同時に持っていたので、情報ハブという役割を演じ切ることができた。会社を家族のように愛するという感情は、組織改革においても重要なポイントになりうる。

私心を捨て、信頼関係を築く

情報ハブには信頼が重要と述べたが、信頼を得るために大切なことがある。
それは、私心を捨てるということだ。ここでいう私心とは、昇進したい・権力が欲しい・お金が欲しい(報酬を上げたい)・人から良く思われたい・利己心が強い、ということだ。私心がむき出しの人は信頼されない。見抜かれる。

「臨床心理学者である、遊佐安一郎先生は、『人間の脳は魚類→爬虫類→哺乳類→人間と進化し、人間は前頭葉が発達しただけで、ほとんどは動物脳』と話されていました。私心は動物脳が支配します。色々な欲が出てくるが、それを透明化して浄化する必要がある。できるようになるには相当の修業が必要なのです。」(松下氏)

松下幸之助氏の有名な熱海会談も、私心を捨てたからこそできたものだと松下氏は語る。

「熱海会談で幸之助さんは代理店の意見をとことん聴いた。会談の3日目、幸之助さんは胸の内を率直に打ち明け、涙を流して謝った。そこから松下電器は変わったと言われています。謝るのにも勇気が必要です。謝ったら、あなたの責任と言われるかもしれない。」

また、もう一つ、幸之助さんの執事であった髙橋誠之助さんのエピソードの紹介していただいた。

「私は髙橋さんに取材をしたことがあるのですが、髙橋さんは松下家に仕えていた間、一度たりとも彼らの人格を疑ったことがなかったそうです。幸之助さんの家が火事になったときに、髙橋さんは東京で仕事をしていた幸之助さんに代わり、徹夜で対応をされたのだそうです。その時、幸之助さんは電話で髙橋さんに『奥さんに電話したか。心配しているよ。』と言ったのだそう。自分の家が火事なのに、髙橋さんのことを心配したのです。」

エグゼクティブコーチ 松下 信武氏

熱海会談の時の松下幸之助氏は、人に好かれたい、人の評価が気になる、と私心がなく、火事の時、執事に言葉を掛けた場面では、自分の都合を優先するといった利己心がなかったのではないだろうか。

日本の組織の良さを活かす中空構造的組織が、組織活動のスピードを上げる

昨今は、欧米のマネジメント手法を輸入しようとする風潮もある。ただ、日本の文化の良さを活かしながら欧米の良いところも取り入れる必要があるのではないだろうか。

松下氏に、日本の組織の強さについて聞いてみた。

「日本人の特性は共同作業に対する強さにあると思います。リオ五輪の陸上でメダルを取ったのはリレーですよね。個人プレーでも強いところはありますが、チーム力で勝負する力が強いのではないでしょうか。

これの文化的な背景は中空(ちゅうくう)構造にあると考えています。例えば、西欧の神話や宗教を見てもゼウスやイエス・キリストといった絶対的な神様が決まっています。ただ、日本の神話には神様がたくさん出てくる。日本はたった一人の最高権力者が出る文化ではなく、お互いが助け合い、調整しあう文化があります。

企業においても同じことが言えるのかもしれません。中空構造的な組織を作ると、自分で考えられる情報ハブのような人が周りにいる状態になるのではないでしょうか。」

また、日本で長く続いている老舗企業を見ても、中空構造や、先に述べた家族(ファミリー)のような構造があるそうだ。お金だけでは繋がらず、愛情でつながっている。

情報ハブの役割は、IT系のマネージャーにも必要とされる

また、松下氏はIT系の企業においてのコミュニケーションについて警鐘を鳴らしている。

「若者言葉の研究をしているグループが、興味深い論文を出しました。LINEなどのSNSが発達したことで、若者は、仲間でしか通用しない言葉を使うという傾向があるそうです。そして、感情を表す言葉の語彙が少ないという研究結果が出ました。
たとえば、最近『やばい』という言葉が多い。良い意味でも悪い意味でも両方に使うので、どちらの意味で使っているのかが分からず、世代間においてギャップがあります。」

自分の気持ちをうまく伝えられない、伝えるための適切な言葉を知らない、相手に合わせた対応が難しくなっているという課題があるそうだ。
また、ゲームに依存している人は、対人ストレス耐性が低いという研究結果もあるという。
“IT業界”と言ったのは、集まってくる人材にゲーム好きが多くなる傾向があるという部分と、IT業界ならではのスピードの速さによって、人材育成が追いついていかない部分があるからだ。

「これからのIT業界のマネージャーは、こういった若い人たちが入ってくることを知っておき、対人ストレス対処能力を上げていくための取り組みが必要になってくると思います。若い人たちとの信頼関係を築いていかないとなりません。そのうえで、スピード感を持って、企業としての目的もしっかりと伝えていくような役割が必要なのです。」(松下氏)

エグゼクティブコーチ 松下 信武氏

スピード感をもって仕事をするために、経営や現場の本音を引き出す。遠回りしているようで矛盾を感じる方もいるかもしれない。昨今は正解がない仕事が多くなり、市場も変化し、社内外でステークホルダが多い。いろいろな人の感情や思惑が動く中で仕事をしている。

人と人の間の感情や信頼関係の中に、些細な誤解や綻びが生じるだけで生産性は大幅に下がる。外発的動機付け(給与・報酬など)でつなぎとめようとしても、長くは続かないだろう。自己効力感(自信がある)と自己肯定感(自分の仕事は価値がある)が満たされることで、いきいきと主体的に、自ら考えて働くことができ、企業としてのスピード感も上がるのではないだろうか。

取材・文:池田 優里

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