
【インタビュー】HoloLensも活用!ICTの力で建設業をもっとスマートに(小柳建設社長 小柳卓蔵氏)
※ この記事は 2017年09月29日に DX LEADERS に掲載されたものです。
建設業界の人手不足が大きな課題だ。
総務省の労働力調査によると、2025年には建設需要に対し、130万人の建設技能労働者数のギャップが発生すると予測されているほど、事態は深刻である。
需要は2020年の東京オリンピックまでの建設ラッシュ、高度成長期に建設された建物やインフラの老朽化の修繕工事、災害の復旧といったものがあり、建設業に課せられている仕事は非常に多い。
しかし、労働者の囲い込みには非常に苦労している。
建設業には3K(キツイ・汚い・危険)といったイメージもあり、若手の入職希望者が少ないといった課題もある。
そういった建設業における課題をITソリューションの力で解決しようと、様々な企業が立ち上がっている。
その中でも、新潟県に本社を構え、地域社会の成長発展に建設事業を通じて貢献し続けている小柳建設株式会社は、マイクロソフトのウェアラブルデバイスであるHoloLensを活用したプロジェクト「Holostruction」により、業務効率化を図っている。
今回は、同社代表取締役社長 小柳 卓蔵氏に話を伺った。
建設業のプロセスをもっとカッコよく―HoloLensとの衝撃的な出会い
「建設業界に私が入ったのが、今から9年前。その前に金融業界に居たのですが、異業種から建設業界に入ると、色々な課題に直面しました。」(小柳氏)
なぜこんな非効率なことをやるのか、といった疑問が生まれ、改善するために働きかけをするも、「建設業は特殊だから仕方がない」と突っぱねられてしまうこともあったそうだ。
しかし、小柳氏は改善のための取り組みを続けていく。そして、3年前に社長職に就任する。
「建設業界自体の課題、業界自体の構造を変えなくてはいけない。建設業は、アナログ的な方法にとらわれているため、IT化が遅れてしまう。本当に壮大で素晴らしい仕事をしている建設業にも関わらず、やり方がかっこ悪い、プロセスがかっこ悪いことで若い人に興味を持ってもらえない。」(小柳氏)
建設業の魅力は、出来上がったものが見えるということ。例えば橋が開通したら、人が向こう岸に渡ることができて、便利になる。
ごく当たり前のことだが、雨風を防げているのは家があるからだ。
特に地震が多い日本では大きな地震がある度に建設基準を見直し、耐震基準も世界でトップクラスと言われている。時には命を守るのが建設業である。
しかし、若手が入ってこない、人手不足という課題が建設業を苦しめている。
「何かできないかをずっと考えていた時に、マイクロソフトさんのHoloLensを使った事例に出会いました。これは建設業のためにあるのでは?と衝撃を受けました。」(小柳氏)
そこから、マイクロソフトと共同でHoloLensを活用し、建設業における計画・工事・検査の効率化やアフターメンテナンスのトレーサビリティを可視化するといった「Holostruction」のプロジェクトをスタートさせる。
同社では、Holostructionに着手する前も、IT化を推進すべく、2015年からAzureを用いてクラウド化に取り組んだ。働き方も少しずつ変化があり、スマホ上でメールや決裁が可能になった。その延長線上でたまたま出会ったのがHoloLensだった。
「これから建設業をかっこよくして、若手がこの業界を目指すような形に変えたい。
そして、今働いている人の生産性を高めて、働き方そのものを変えて、業務が立て込んでいるものを解消したい、という思いがありました。それを解決するのには、HoloLensしかないと思ったのです。」(小柳氏)
透明性・安全性・生産性を高めるためにHoloLensを活用
小柳氏は、同社が建設業務を行うコンセプトとして、以下の3つを挙げている。
- 透明性を高める
- 安全性を高める
- 生産性を高める
1点目の透明性は、建設工事の中に透明性を持たせるといったことだ。
かつて、耐震偽装問題や杭打ち工事のデータ改ざんが問題となった。建設中に行ったことは、土の中に隠れてしまう。壁の裏やコンクリートの裏に何があるかもわからない。
「隠してしまえば、取り繕ってしまえば…、という感覚を現場に持たせるから事件が起こってしまう。そうならないようマネジメントするには、HoloLensを使って、映像として残す。隠してしまえば良い、という思いにさせないことが重要になってきます。そうすることで、建設業の透明性が高められます。」(小柳氏)
2点目の安全性は、危険な現場で有用ということだ。
建設工事の中には、時に危険が伴う現場もある。Holostructionを用いれば、事前に現場の状況を理解し、十分な計画を立てられることが強みとなる。従来であれば、現場まで行ってから確認をして作業を実施することになるのだが、Holostructionを用いれば、作業にあたるメンバーで、あらかじめ十分に確認してから現場に向かえることとなる。
また、危険な現場での作業においても、会議室などでHoloLensを通した映像を共有し、会議室からの指示を受けながら仕事に取り掛かることも可能だ。そうすることで、危険な作業によるリスクを最小限に抑えることができる。
3点目の生産性は、主に工事現場への移動時間の削減だ。
地方の場合は、現場まで片道2時間、1日に換算すると、半日を移動に費やされることもある。
「建設の計画段階で現場を見に行きたいだけであれば、現地までドローンを飛ばし、地形のスキャンだけ行う。その地形をHoloLensで確認する。これで生産性を高めることが可能になっていくと思います。」(小柳氏)
ドローンのスキャン精度も日々進化しているということで、こういったことが当たり前になっていけば、計画段階や測量の段階の工数もかなり削減できることになるだろう。
工事作業になると、職人の経験値による感覚も重要なポイントになるだろう。もちろん、マニュアル・文書化することも難しい。こういった伝承しづらい暗黙知について、ITの力をもってできることはあるのだろうか。
「まずはデータを取ることですね。やり続けて、データをためることが重要だと思っています。
あとは、HolostructionでやっているBIM/CIM*のデータを活用することですね。大手ゼネコンに比べると、地方の建設会社では全然できていないというのが実情です。」(小柳氏)
*BIM(Building Information Modeling)/ CIM(Construction Information Modeling):設計から工事、メンテナンスに至るまで建造物ライフサイクル全体のモデルに蓄積された3Dデータなどのすべての情報を活用する仕組み
できていない理由は、BIM/CIMデータの活用に高いITリテラシーが求められ、大手ゼネコンにいるような人にしか使えないというイメージが先行しているからではないか、と小柳氏は語る。
しかし、動かせない、使えないといった状況では何も変わらないため、Holostructionを活用し、BIM/CIMデータをエアタップ(空間に浮いているウインドウを見ながらタップすること)一つで活用できるようにした。
中小の建設業においては、パソコンを使うこともハードルになるため、エアタップ一つで、直感で動かすことができるHoloLensは非常に相性が良いと言える。
HoloLensで建設現場を可視化することで若手への教育にも活用
また、若手の入職者にとっては、頭の中で図面から3Dに変換することは大きな壁となる。
「初心者が、図面だけ見せられてもどう見ていいかもわからない。完成形がどうなるかもイメージできませんが、HoloLensがあれば過程やプロセスが圧縮されてイメージが沸きます。直感的にわかるため、育成するという意味でも効果が高いのではないでしょうか。」(小柳氏)
さらにHolostructionでは、完成までのプロセスもわかるようになっている。完成形からタイムスライダーをつけ、基礎から配筋、躯体イメージ、完成形といった各プロセスが可視化できる。
さらに、建設中に大雨が降ったり、川が増水して地盤が崩れたりするようなケースもあるだろう。そうなると、工事も手戻りが発生してしまうことになる。Holostructionを活用すれば、そういった手戻りも最小限度に抑えられることも考えられるそうだ。
「今後、実績を積み、データが蓄積されれば、河川工事をしている時に、大雨でここまで水の量が増える確率が何パーセントか、というのも予測できるようになるでしょう。危険性があるならば、事前の対策ができます。」(小柳氏)
国交省としても、i-Constructionと呼ばれる、ICT を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図り、もって魅力ある建設現場を目指す取り組みを推奨している。
100%の成功を目指すのではなく、成功を少しずつ積み上げて挑戦していく
建設業界は、昔からのアナログ文化、職人気質が続いていることもあり、新しいことに挑戦することが難しいとされている。
昔からの文化が良い・悪いという話ではなく、今後より魅力的な建設業を目指すために、挑戦を続けていかなくてはならない。
同社のHoloLensを用いたHolostructionの取り組みは先行投資ともいえる。しかし、失敗を怖がっていたら何もできないと小柳氏は語る。
「私は気質的にチャレンジングな人間なので、いろんなことをやって、失敗したらそれは一つの成果で、違うアプローチをしようと考えています。
去年から弊社では海外視察も始めていて、マイクロソフトのUSチームと仕事をさせていただきました。彼らは仕事を楽しんでいる。その楽しみは、成功する楽しみもありますが、色々なものにトライしていく楽しみも持っていると思うのです。
日本人は間違っちゃいけない。間違ったら怒られるという思いが仕事をつまらなくしている。
我々もチャレンジしていって、失敗したら、違うアプローチをしていって、結果が出た、というだけです。100%の成功を目指すのではなく、最初は60%、じゃあ次は80%の成功、で積み上げて挑戦していくことによって、最後に100%になればいいと思っています。」(小柳氏)
将来的には、HoloLensを通じて日本の建設技術を発展途上国へ
同社は海外にも目を向けている。
「目を向けているのは東南アジアの中でも問題になっている水質汚染です。
我々は、浚渫(しゅんせつ)―湖や沼、池に沈んでいるヘドロや土砂を取り去る特殊工法を得意としているので、そうした需要もあります。
かつ東南アジアには発展途上国も多くありますので、一般土木や一般建築の技術の提供がHoloLensでなされていくと考えています。」
HoloLensを活用すれば、遠隔にいても技術支援が可能になる。日本人が出向いて付きっきりで技術提供をするというよりも、現地の方に技術を教えて、自国民自ら、現地で発展できるような仕組みづくりも可能になる。
「そうしたものをお手伝いするのが今後の建設業界に課せられていると思います。
日本の建設技術は世界のトップクラスですから、技術を提供していく使命があるのではと思っています。我々中小の建設業が、東南アジア諸国やアフリカの奥地などに技術提供が出来ればと。未来に向けてやることがたくさんあります。そして、それを可能にするのがHoloLensだと思っています。」(小柳氏)
先ほど触れた通り、国としてi-Constructionを提唱している。同社は公共事業を手掛けることもあるため、国としてのニーズに合わせて、研究開発を行っている。
そうすることで、最終的には人の役にも立ち、世の中のためにもなっていくのだ。
建設業を取り巻く状況がどんどん変化していく世の中で、ICTの力を活用して、熱き思いで現場に新しい風を吹き込んでいく。
小柳氏のリーダーシップは、現状に満足することがない。大多数の「このままでいいのではないか」といった意見にも呑まれることはない。
そして失敗をマイナスにとらえるのではなく、失敗を糧と思う挑戦的な姿勢を続けることが、新しいことを実現できる方法の一つなのではないだろうか。
そして、スキルや知識だけではなく、志や使命感も重要だ。
小柳氏は、日本における建設業の生産性を上げることや、日本がこれまで積み重ねてきた世界トップクラスの建設技術を海外の途上国にも展開していくといった使命感を持って挑まれている。
建設業における、デジタルトランスフォーメーション、今後が非常に楽しみである。
取材・文:池田 優里